督の思想は、苦しんだ者でなければ解《わか》らない」
 そうして尚も私は云った。
「これは平凡な解釈だ。だが平凡でもいいではないか」
 私は一種の法悦を感じた。
「容易に私は動揺されまい」
 こんなようにさえ思うようになった。
 そうしてそれは本当であった。
 ある朝私は自分の部屋で、紅茶を淹《い》れて飲んでいた。
 私の前に新聞があった。一つの記事が眼を引いた。
「佐伯準一郎放免さる。理由は証拠不充分」
 私は動揺されなかった。しかし、
「さぞ彼女は驚いたろうなあ」と、彼女を愍《あわ》れむ心持は動いた。
 で私は呟いた。
「彼女よ。うまく切り抜けてくれ」
 決して皮肉でも何でもなかった。私は心から願ったのであった。彼女を憎む感情などは、いつの間にか私からなくなっていた。それとは反対に愍れみの情が、私の心に芽生えていた。
 翌日《あくるひ》私は散歩した。二月上旬の曇った日で、町には人出が少なかった。公園の方へ歩いて行った。公園にも人はいなかった。花壇にも花は咲いていなかった。ただ冬薔薇が二三輪、寒そうに花弁を顫わせていた。
 私はロハ台に腰を下ろした。佐伯氏と逢ったロハ台であった。音楽堂
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