を掛け、好きなラ・ラビアを喫《ふ》かすのが、夏以来の習慣であった。
冬も冬、一月中旬、冷たい風が吹き迷っていたのに、この習慣は止められず、その日も私はロハ台に倚《よ》って、ラ・ラビアを喫かしていた。
10[#「10」は縦中横]
その時毛皮の外套を着た、四十五六の立派な紳士が、私の横へ腰を掛け、ゆるやかに葉巻を喫かし出した。
「あの大変失礼ですが、貴郎《あなた》は美術家ではいらっしゃいませんか?」
紳士が卒然話しかけた。
「いえ」と私は素っ気なく云った。
私は私の趣味として、商売のことを訊かれるのと、年齢のことを訊かれるのとを、好まないばかりか嫌っていた。そうして私はそんなように、見知らない人から話しかけられるのを、これまた趣味として好まなかった。
紳士は外套の内|衣兜《かくし》から、ゆっくり名刺入れを取り出した。一揖すると名刺を出した。
「私、佐伯と申します。最近|欧羅巴《ヨーロッパ》から帰りましたもので」
これは益々私にとっては、好ましくない態度であった。洋行帰りがどうしたんだ! あぶなく心で毒吐こうとした。しかしそいつ[#「そいつ」に傍点]をしなかったのは、その佐伯
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