つの貨幣を取り上げて見た。それにも肖像が打ち出されてあった。
「うん、こいつはイスカリオテのユダだ」
 私は直《す》ぐに知ることが出来た。そんなにもそれは特色的であった。一見醜悪の容貌であった。だが仔細に見る時は、恐ろしく勝れた容貌であった。先づ顱頂部が禿げていた。しかし左右の両耳から、項へかけて髪があった。つまり頭の後半を、髪が輪取っているのであった。これが一見不愉快に見えた。しかしこれは一方から云えば、学者などに見る叡智の相で、決して笑うことの出来ないものであった。額が不自然に狭かった。これも一見不愉快であった。先天的犯罪人の相でもあった。が、これとて一方から云えばソクラテスの額に似ていると云った、一種病的な天才等に、往々見受けられる額であった。両眼がひどく[#「ひどく」に傍点]飛び出していた。枝の端などで突かれなければよいが、こんな事を思わせる程飛び出していた。だがやっぱりこの眼付きも、ソクラテスの眼付きに似ているのであった。非常に智的な眼付きなのであった。鼻は所謂《いわゆ》る獅子鼻であった。唇がムックリ膨れ上っていた。二つながら強い意志の力の、表現だと云ってもよさそうであった。
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