味があるので、しかしこんなことを申し上げては、はなはだ失礼かもしれませんな」
佐伯氏は玄関でこんなことを云った。タクシがやがて動き出した。
「左様なら」と私は帽子を取った。
「左様なら」と佐伯氏は微笑した。
だが私にはその微笑[#「微笑」は底本では「微少」]が、ひどく気味悪く思われた。
名古屋の夜景は美しかった。鶴舞公園動物園の横を、私のタクシは駛《はし》って行った。
8
私のタクシは駛って行った。
公園は冬霧に埋もれていた。
公園を出ると町であった。町の燈も冬霧に埋もれていた。
名古屋市西区児玉町、二百二十三番地、二階建ての二軒長屋、新築の格子造り、それが私の住居《すまい》であった。
そこへタクシの着いたのは、二十五分ばかりの後であった。
妻の粂子《くめこ》は起きていた。
「遅かったのね」と咎めるように云った。私をしっかりと抱き介《かか》えた。それから頬をおっ[#「おっ」に傍点]付けた。これが彼女の習慣であった。子供のように扱うのであった。
二階の書斎へ入って行った。
「おい好い物を見せてあげよう。これはね、猶太《ユダヤ》の銀貨なのさ」
財布から銀貨を取り出
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