意した。
 だが顔色は蒼白かった。それも彼女の好嗜からであった。血色のよい赦ら顔は、田舎者に間違えられる恐れがあった。都会の貴婦人というものは、蒼い顔でなければ面白くない。どうやら彼女は仏蘭西《フランス》あたりの、青色の白粉《おしろい》を使うらしい。
 臀部が目立って小さくなった。そうして腰が細くなった。彼女の姿勢は立ち勝って来た。
 肌が真珠色に艶めいて来た。それは冷たそうな艶であった。
 肌理《きめ》が絹のように細かくなった。
 きっと滑らかなことだろう。
 だが触れることは出来なかった。彼女がそれを断わるからであった。
 遥拝しなければならなかった。
 又その方がある意味から云って、私にとっても幸せであった。うっかり障《さわ》って手が辷って、転びでもしたら困るからであった。
「ああ彼女には洋装が似合う」
 ある時私はつくづく云った。決して揶揄的の讃辞ではなかった。
 その心配は無用であった。
 翌日洋装が届けられた。肌色と同じ真珠色であった。
 それを着て彼女は出かけようとした。
 チラリと私の顔を見た。瞼を二度ばかり叩いて見せた。
 命ずるような眼付きであった。
 私は周章《あわて》て腰《こし》をかがめた。
 裳裾《もすそ》を捧げようとしたのであった。ひどく気の利く小姓のように。
 その配慮は無用であった。
 今日|流行《はやり》の洋装は、長い裳裾などはないからであった。股の見えるほど短かいはずだ。
 時々彼女は私へ云った。
「高尚《ノーブル》にね。高尚にね。貴郎《あなた》もどうぞ高尚にね」
 で私は腹の中で云った。
「まだこの女は成り切れない。そうさ貴族の夫人にはな! 『高尚《ノーブル》にね、高尚にね、どうぞ御前様貴郎様もね、高尚にお成り遊ばしませ!』こう云わなけりゃアイタに付かねえ」
 この心配も無用であった。彼女はほんとに[#「ほんとに」に傍点]翌日から、遊ばせ言葉を使うようになった。
 もう贋物には見えなかった。
 生れながらのおデコさえ、どうしたものか目立たなくなった。
 下手に嵌め込まれた義歯《いれば》さえ、どうしたものか目立たなくなった。
 歯並の立派な誰かの歯と、きっと換えっこしたのだろう。
 彼女の身長《せい》は高かった。それが一層高く見えた。爪立ち歩く様子もないが。――姿勢のよくなったためだろう。
 彼女は毎日美食をした。洋食! 洋食! 
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