遭遇したのである。

 郷介の出家を耳にすると、浮田直家は莞爾とした。
「利口な奴だ。命冥加な奴だ。……余りに鋭い彼奴《きゃつ》の知恵、うかうかすると主人の俺が今度は寝首を掻かれようも知れぬ。で、月姫を結婚《めあ》わせて置いて、油断を窺い取って抑え首捻じ切ろうと思っているに、早くも様子を察したと見える。……利口な奴だ。命冥加な奴だ」
 しかし直家のこの考えは一ヶ月経たずに裏切られた。彼の愛女月姫が行方不明になったのである。その盗手は郷介であった。子を捨る親、養父を殺す子、君を殺す家来、家来を計る君、昨日の味方は今日の敵、悲風惨憺たる戦国時代では、なまじ出家などするよりも賊になった方が気が利いていると、更に心機を再転させ、その手始めに恋する女を浮田の奥殿から奪ったのである。爾来彼は月姫共々大盗賊として世を渡ったが、月姫がはかなくなってからは、二人の間に設けた所の照姫というのを囮として、いぜんとして盗賊を働いた。
 そうしていつも磔柱をその威嚇の道具としたが、間違いからとは云いながら、磔柱へ養父を懸けて、敵の手――いやいや自分の手をもって殺したというその事に対し、良心を苦しめていたからで、自己譴責の心持から、絶えず十字架を背負っていたとも云える。



底本:「国枝史郎伝奇全集 巻六」未知谷
   1993(平成5)年9月30日初版発行
初出:「ポケット」
   1925(大正14)年7月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:阿和泉拓
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年9月10日作成
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