兵が塊《かた》まって現われたが、互いに耳打ちをしたかと思うと麟太郎の行く手を遮《さえぎ》った。そしてその中の頭領らしい一人の武士が声を掛けた。
「しばらくお待ちくだされい!」と。
 麟太郎は静かに馬を止めた。それから彼らを見廻したが、「諸君の風貌は逼《せま》ってござるが、そもそも何事が起こりましたかな?」鋭い口調で詰問した。
 彼らはそれには答えなかった。
「そういうご貴殿こそどこへ参られるな?」
「君命を帯びて薩州邸まで……」
「江戸開け渡しのご相談にか? フン」と一人が嘲笑った。麟太郎の張り切った神経はこの「フン」のために切れそうになった。怒りの声を張り上げて一句嘲罵を報いようとした。その刹那聞こえて来たものが、例の鼓《つづみ》の音である。春陽のようにも温かく松風のようにも清らかな、人の心を平和に誘う天籟《てんらい》のような鼓の音!
 麟太郎の心に余裕が出来た。彼は穏かに微笑して訓すような口調でこう云った。
「諸君の身上はお察し申す。ただし、某《それがし》の考えはいささか諸君とは異なってござる。江戸を開くも開かぬも皆将軍家のおためでござる。全く他に私心はござらぬ――諸君のために某《
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