ああ人品は立派だが、御家人らしいよ。安御家人らしい」
「ふうん」といったまま黙ってしまった。
門内の女も黙っている。で、森閑と静かである。ピシッ、ピシッと音がする。泉水で鯉が跳ねたのらしい。
「俺の噂をしているわい」ニヤリと笑った旗二郎、「立派な人品とは有難いが、安御家人とは正直すぎる」――で、なお様子をうかがった。
と、男の声がした。「どっちみち油断は出来ないの。うかうかしていてその御家人に、玉を取られては一大事だ。……よしよしすぐに手配りをしよう」
「それがいいよ」と女がいった。「それでは私は帰るとしよう」
そこで女は木立をくぐり、母屋の方へ帰ったが、間もなくポッツリと土塀の上へ、一つの人影が現われた。覆面をした武士である。とまたポッツリともう[#「もう」に傍点]一つ、同じく覆面姿の武士が土塀の上へ現われた。
隠れ窺っていた旗二郎、「ははあ切り込みの武士達だな。よしよし端から叩っ切ってやろう」
――で、ソロソロと身を起こし、片膝を立てると居合い腰、大刀の柄へ手を掛けたが、プッツリと切ったは鯉口である。上半身を前のめり[#「のめり」に傍点]に、肘をワングリと鈎に曲げ、左の足を地面へ敷き、腰を浮かめたは飛び出す構え……頤を上向け額を反らし、上眼を使って睨んだは、土塀の上の人影が、飛び下りるのを狙ったのである。
「来やがれ、悪人、一人も残さぬ! 生れて初めての人殺しだ。片っ端から退治てみせる」
心の中で呟いた時、一つの人影土塀から、スーッと庭へ飛び下りた。
とたんに、抜き打ち、旗二郎、いざったままにスルリと出、右腕を延ばすと一揮した。月光の射さない木影の中、そこへ全身は隠していた。が、一揮した太刀先だけは、月光の中へ出たと見える。ピカリと燐のように閃めいたが、閃めいた時にはその太刀先、木影の中へ引っ込められていた。
グッ! といったような変な呻き、飛び下りた武士の口から出て、息詰まるような様子であったが、まず両手を宙へ上げ泳ぐような格好をしたかと思うと、ドッと前倒れにぶっ倒れた。腰から上の半身が、月光の中に晒らされている。背がムクムクと波を打つ。それにつれて肩がS形にうねる。左の胴から黒いものが、ズルズルズルズル引き出されている。昼間見たら真っ赤に見えただろう、傷口から流れ出る血なのだから。と、まったく動かなくなった。
「どうした島路」という声がした。土塀の上のもう一人である。と、ヒラリと飛び下りた。「不覚だの、転んだのか?」
腰をかがめて覗き込んだ。
そこを目掛けて旗二郎、またもスルスルといざり出たが、今度は瞬間にスッと伸ばし、背高々と爪立ったが、こんな場合だ、卑怯ではない。声も掛けずに背後から、後脳を目掛けてただ一刀! ザックリ割って飛びしさった。
すぐに木影へ隠れたのである。
九
ガッ! といったような気味の悪い悲鳴、一声立てたが切られた武士だ。枯れ木仆しにそのままに、前方へドッと仆れたので、前に仆れていた死骸の上へ、蔽うようにして転がった。
月光それを照らしている。
急所を一刀に割られたのである。躰に痙攣を起こしもせず、静まり返って死んだらしい。
「二人仕止めた、これだけかな」
木影に立った旗二郎、決して決して油断はしない、血刀を下段に付けながら、眼で塀の上を見上げながら、さすがに少しばかり切迫する、胸の呼吸を静めながら、こう口の中で呟いた。
すると呟きの終えないうちに、土塀の上へ黒々と、五つの人影が現われた。同じである、覆面姿、武士であることはいうまでもない。じっと地面を見下ろしたが、どうやら不思議に思ったらしい、五人ヒソヒソ囁き出した。
と、キラキラと光り物がした。
五人ながら刀を抜いたのである。
それが月光を刎ねたのである。
「オイ」と一人の声がした。
「うむ」と答える声がした。
「やられたらしい」ともう[#「もう」に傍点]一人の声。
「島路と、そうして大里だ」
「そうらしいの」ともう一人。
「敵に防備《そなえ》があるらしい」さらにもう一人の声がした。
と、一人が振り返った。「味方両人してやられてござる。……いかがしましょうな、花垣殿?」
すると門外から返辞がした。
「防備あるのがむしろ当然。……よろしい拙者も参るとしよう。……六人同時に切り込むといたそう」
すぐにもう[#「もう」に傍点]一つの人影が、土塀の上へ現われた。
同一の覆面である。
「では」
というと飛び下りた。
六人一緒に集まったが、二つの死骸を調べ出した。
木影で見ていた旗二郎、「これはいけない」と考えた。「六人と一人では勝負にならぬ。引っ返して屋敷の人達に、このありさまを知らせてやろう」
そこで物音を立てぬよう、彼らに姿を見せぬよう、背後《うしろ》下がりに退いた。数間来た所で
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