ら長く垂れ、規則正しく揺れている。で、そこから音が聞こえる。カチ、カチ、カチ、……カチ、カチ、カチ! ――セコンドを刻む音である。
 長針と短針とが矢のように、白い平盤の表面に、矩形をなして突き出ている。その周囲を真円に囲み、アラビア文字が描かれてある。短針は十二時を指そうとしている。しかし長針は十時にあった。
 カチ、カチ、カチ、……カチ、カチ、カチ、……時は刻々に移って行く。
「十分前だ!」
 呻くような声! 琢磨の口から出たのである。冷静な顔や態度にも似ず、息詰まるような声であることよ!
 カチ、カチ、カチ……カチ、カチ、カチ!
 時は刻々に移って行く。
 二人の男女を包んでいるところの、部屋の様子というものも、まことに異様なものであった。

        十二

 とはいえ今日の眼から見れば、洋風の書斎に過ぎないのではあるが。
 壁の一方にドアがあり、壁の一方に窓があり、巨大な書棚が並んでおり、書物がギッシリ詰まっており、数脚の椅子と卓とがあり、洋燈が卓の上に燃えており、それに照らされて青磁色をした、床の氈《かも》が明るんでおり、同じ色をした窓掛けが、そのひだ[#「ひだ」に傍点]にかげをつけており、高い白堊の天井の、油絵の図案を輝かせている。――というまでに過ぎなかった。
 とはいえ時代は文政である。所は江戸の郊外である。そういう時代のそういう所に、こういう部屋のあるということは、かなり驚いてもよいことであった。
 さらに驚くべきものがあった。
 とはいえそれとて一口にいえば、一枚の張り紙に過ぎないのではあるが――だがその張り紙に書かれてある、四ツの箇条書きを見た人は、非常に驚くに相違ない。
 時計の真下、振子の下に、張り紙は張ってあるのであった。
「八分前だ!」
 呻くような声! 琢磨の口から出たのである。
 と、島子の声がした。
「こちらをお向きなさいまし」
 だが琢磨はまたいった。
「四分前だ! もうすぐだ!」
「こちらをご覧なさいまし。きっと見ることが出来ましょう! 私の肌を!」
 やっぱり琢磨呻くようにいう。
「三分前だ! もうすぐだ! そうしたら解放されるだろう!」
 あせった島子の声がした。
「あなたは見ることが出来ましょう! 私の肌を!」
 だがまた呻くように琢磨がいった。
「後二分だ! 後二分だ」
 同じく呻くように島子がいう。
「ご覧な
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