む。またある意味では憐れんでもいる。……嫉妬! そうだ、その嫉妬が、一切お前を眩ませたのだ。そのくせどうだ、お前自身は? 好色そのもののような生活だったではないか! 俺は随分我慢した。最後まで我慢したといってもいい。そうしていまだ[#「いまだ」に傍点]に我慢している。……永い間の受難だった。いや、いまだに受難なのだ。俺ばかりではない。娘もだ! それをさえお前は餌にした。嫉妬の餌に! お前の嫉妬! ……だが俺は守って来た、お前の意志を守って来た! もちろん素晴らしい財産の、継承のためには相違ないが、それより一層俺としては、娘の幸福を願ったからだ。というとお前はいうかもしれない、『その娘が!』『その娘が!』と! ……が、俺はハッキリという、娘は要するに娘だと! それ以外には意味はない! それへ疑がいをかけるとは! それでも母か! それでも妻か! ……もちろん、彼女はよい娘だ。愛すべき娘には相違ない。で俺は愛したのだ。だがその愛は純なものだ。お前が『あいつ』を愛したそれと、どうして比較出来るものか! 『あいつ』は実に悪人だ。『あいつ』はその後手を変え、品を変え、我々二人を迫害した。そうして今でも迫害している。で、安穏はなかったのだ! しかしとうとう漕ぎ付けた。今日という日まで漕ぎ付けた。今夜さえ過ごせばもうよかろう。勝利はこっちのものになる。そうしたら俺達は自由になる。お前の意志から解放される。明るい日の目も見られるだろう。……それにしても俺は忘れない。俺達を縛った四ヵ条を! あれは普通の人間には考えも及ばぬ残酷なものだ。巧妙なものといってもいい。……破壊《こわ》せばいくらでも破壊される! 手間暇もいらず簡単に、しかも何らの非難も受けず――ところが俺には出来なかった。そういうことの出来ないように、いつか『慣らされ』てしまったからだ。それをお前は知っていた。そこでそいつ[#「そいつ」に傍点]へ付け込んだのだ。そうしてああいう条件を、俺の眼前へ出したのだ。……そこで、俺はハッキリという、お前は俺が良心のために、――俺の持っている良心のために――もがき苦しむのを見ようとして、ああいう条件を出したのだと! そうしてそれは成功した。で俺は苦しんだよ」
 突然ここで武士の声は、悲しそうな呻くような調子となった。
「良心のない者は幸福だ。それは何物にもとらえられないから」
 ここで一層
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