取ってやろう」
で、闇中に構えながら、その男の隙を窺った。ところがそれが自ら、その人物に感じられたらしい。卑怯にもスルスルと退いた。
「こやつ」
と思った旗二郎、卑怯な態度に気を悪くしたか、二人の敵のいるのを忘れ不覚にもツツーと進み出た。
と、月光がぶっかけ[#「ぶっかけ」に傍点]て来た。で、全身が露出した。
そこを狙った二人の武士、あたかも「しめた!」といわんばかりに、呼吸を合わせて左右同時、毬のように弾《はず》んで切り込んで来た。
「おっ」と叫んだ旗二郎、一瞬ヒヤリと胆を冷やしたが、そこは手練だ、切られなかった。
チャリーンと一刀、右手の太刀、それを抑えると首を返し、左手の一人を一喝した。すなわち鋭く甲の声で「カーッ」とばかりにくらわせた[#「くらわせた」に傍点]のである。声をかけられた左手の武士、ピリッとしたらしかったが太刀を引き躊躇するところを旗二郎、パッとばかりに足踏み違え、太刀を返すとサーッと切った。
「ワッ」という悲鳴! カチンという音! すなわち切られた左手の一人、得物を落とすとヒョロヒョロヒョロヒョロと、背後の方へよろめいたが、左肩を両手で押えると、二本の足を宙に刎ね、ドンと背後へぶっ[#「ぶっ」に傍点]倒れた。
もうその頃には旗二郎、モロにうしろへ飛び返り、以前の場所だ、建物の角、闇の中へ体を没していた。
そうしてそこから呼んだものである。「さあ来い、さあ来い! ……さあ来い、さあ来い!」ここでゆっくり[#「ゆっくり」に傍点]と、「来やアがれエーッ」
グッと引きつけた太刀の柄、丹田にあてた[#「あてた」に傍点]は中段の序、そこでもう一度、
「来やアがれーッ」
だがこんな場合にも、旗二郎心中で考えていた。「随分切った、働いた。儲からなければやりきれない、娘の婿になれるかな。ここの養子になれるかな?」
――それだけの余裕があったのである。
十一
太刀音、悲鳴、「来やアがれーッ」の喚き、十分けたたましいといわなければならない。で建っている離れ座敷の中に、一人でも人がいたのなら、出て来なければならないだろう。
ところが人は出て来ない。静まり返って音もしない。それでは誰もいないのだろうか?
いやいや人はいたのである。
しかも男女二人いた。
ここは建物の内部である。
「さあご返辞なさりませ」
こういったのは
前へ
次へ
全26ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング