、土人の斥候が早くも見附け、ピューッと鋭い笛を吹いた。するとその笛は他の笛を呼び、さらにその笛は他の笛を呼び、次々に吹き継いで、土人部落へ報告したらしい。
 海岸へ上がるやホーキン氏は直《ただ》ちに部下を一所《ひとところ》に集めた。
「土人を殺すが目的ではない。彼らを威嚇し降参させ、財宝を発見《みつけ》るのが目的である。鉄砲は是非とも打たねばなるまい。しかし急所は避けるがよい。戦闘力を失わせる! これが最も肝心である。……では諸君進もうではないか! 土人は毒矢を射るであろう。木立ちを楯に進むがよい」
 まだ言葉の終らぬうちに、一斉に毒矢が降って来た。
「林の中へ!」とホーキン氏は云った。
 遠征隊は一散に林の中へ飛び込んだ。棗椰子《なつめやし》や山毛欅《ぶなのき》や棕櫚《しゅろ》の木などに蔽《おお》われて林の中は暗かった。
「散って!」とホーキン氏が叫んだので密集していた部下の者は二間の隔《へだ》てを置きながら左右へ翼のように拡がった。
 毒矢は今は飛んで来ない。土人の姿も見ることは出来ない。全軍|粛々《しゅくしゅく》と進んで行く。
 深い林が浅くなり日光がキラキラ射し込んで来た。遙か前方に丘が見えた。そこに土人が集まっている。
「打て!」とホーキン氏が令を下した。と同時に火蓋《ひぶた》が切られ白煙りがパッと立ち上がり木精《こだま》が四方から返って来た。
 三人の土人が地に仆《たお》れた。あわてふためい[#「ふためい」に傍点]た余《あと》の土人は仆れた土人を抱きかかえ忽ち丘から見えなくなった。
「左へ!」とホーキン氏が号令を掛けた。
 全軍素早く左へ走り、敵に位置を知られないようにした。
 突然その時|背後《うしろ》にあたって異様な叫び声が湧き起こり、同時に毒矢が降って来た。案内知った土人軍は早くも背後《うしろ》へ廻ったと見える。
「止まれ! 伏せ!」とホーキン氏は勇ましい声で命令した。部下達はバタバタと地へ伏した。そうして後方《うしろ》をすかして見た。
 土人の姿がチラチラ見える。いずれも刺青《ほりもの》で肉体を飾りそのある者は鳥の羽根を附け、そのある者は髑髏《どくろ》を懸け、そうしてほとんど一人残らず毒矢を入れた箙《やなぐい》を負い、手に半弓を握っている。
「随意打て!」とホーキン氏は、全軍に令を下して置いて自分も銃の狙いをつけた。
 パン、パン、パンという小銃の音は、忽ち諸方から響き渡り、その音に連れて土人どもは見る見るバタバタと仆れたが、彼らも獰猛のセリ・インデアン、容易に退《しりぞ》こうとはしなかった。草に伏し木に隠れ岩を楯にし頻々と毒矢を飛ばせて来る。
 その時、今度は丘の方からワーッという声が聞こえて来た。そうして毒矢が飛んで来た。
 土人は挟み撃ちを試みるらしい。
 遠征軍は隊を分かち、前後の敵に向かうことになった。そうして数人毒矢に当たったが、幸いに命は取られなかった。永い露営のその間に研究して置いた対症療養がこの時効を奏したのである。
 戦闘は発展しなかった。敵も味方も居坐ったまま矢弾《やだま》をポンポン飛ばせるばかりである。
「これはいけない」とホーキン氏は鉄砲を打ちながら考えた。
「戦いが長引けば長引くほど味方の者を損ずるばかりだ。……一方の敵を打ち破り安全の場所へ引き上げることにしよう」
 丘の土人軍を一掃し、丘を手中に納めるよう彼は全軍に命を下した。遠征隊は立ち上がり、一斉に喊声を上げながら丘へ向かって突進した。敵は頑強に手向かったが間もなく散々《ちりぢり》に逃げてしまった。
 丘を占領した遠征軍は丘の背後《うしろ》に空地があり、空地を取り巻いて土人の小屋が円形の屋根を陽に輝かせ、無数に建っているのを見て驚きもし喜びもした。
「ついでに部落も占領するがよい!」
 ホーキン氏は銃を握り自身真っ先に駈け下りた。不思議のことには部落から毒矢一筋飛んで来ない。
 部落は文字通り空虚《からっぽ》であった。
 少しの家畜と少しの食料、それを部落へ残したまま住民はすっかり逃げてしまったらしい。しかし小屋は完全であった。で、小屋にさえはいっていれば土人の毒矢を防ぐことが出来る。
「諸所へ歩哨を立てて置いて、全軍、小屋の中で休息させよう」
 ホーキン氏はそこへ気が附いた。
 十人の歩哨を十方へ配り、その後で全軍は小屋にはいった。
 不思議のことには土人どもは、追撃をして来なかった。でのびのびと遠征軍は小屋の中で休むことが出来、元気を恢復したのであった。

        十

 やがて日が暮れ夜となった。
 歩哨の数を二十人に増し土人軍の襲来に備え、その他は小屋で眠ることにした。人々は皆|疲労《つか》れていたのですぐさま深い睡眠《ねむり》に落ちたが、一人ホーキン氏は眠られなかった。考えられるのはジョンの事で、兇猛無残の土人のために殺されたことには疑がいないにしても、もしやどこかに活きてはいないか? どこからか泣き声でも聞こえはしないかと、何んとなく耳を澄まされるのであった。
「もう夜も大分更けたらしい。今、少しでも眠って置かないと、明日の戦いに差し支えるだろう。眠ろう眠ろう」
 と云いながら心を落ち着け眼を閉じた時、
「お父|様《さん》! お父|様《さん》!」
 と紛れもない、ジョンの呼び声が聞こえて来た。
「おおジョンか!」
 と飛び上がり、小屋の窓を開けて見た。
 しかし戸外《そと》は月の光が蒼茫《そうぼう》と空地に流れているばかり、林や森や土人小屋は、黒く朦朧《もうろう》と見えもするがジョンらしい少年の姿は見えない。
「ジョンの事ばかり思っていたので、それでそんなように聞こえたのであろう。……殺されたジョンがこんな夜中に何んでこんな所へ来るものか」
 ……ホーキン氏は窓を閉じようとした。と、また紛れもないジョンの声が、手近の椰子《やし》の林の中から、「お父|様《さん》! お父|様《さん》!」
 と聞こえて来た。
「おお!」とホーキン氏は驚いて、林の方へ耳を澄ましたが、
「紛れもないジョンの声だ! さては向こうの林の中に捕らえられているのかもしれない。……ともかく林まで行って見よう。ジョンよ! ジョンよ!」
 と呼びながら、用心のために銃を握り、小屋から戸外《そと》へ飛び出した。
 空地を横切り部落を駈け抜け忽ち林へ分け入ったが、
「ジョンよ! 私だ! ジョンはどこにいるな!」こう呼んで耳を澄ましたが、林の中はしん[#「しん」に傍点]と寂しく、木に当たる微風の幽《かす》かな音が耳に入るばかり、ジョンの声などは聞こえようともしない。
「それではやはり空耳かな?」疑がいが心に起こった時、
「お父様! お父様! 早く来てください! 土人が私を殺します! 恐ろしいお父様!」
 こう呼び立てるジョンの声が林の奥から聞こえて来た。
「おおジョンか、すぐ行くぞよ! 土人がお前を殺すって※[#感嘆符疑問符、1−8−78] その土人を撲《なぐ》ってやれ! お父様はすぐ行くからな! その土人を撲ってやれ!」
 ホーキン氏は夢中で藪を分け、遮《さえぎ》る木立ちを押しのけ押しのけ奥を指して走り出した。
「お父様! お父様! 早く来てください! 土人は刀を抜きました。私の胸へ差し附けました!」
「神様神様お助けください! おおジョンよすぐ行くぞよ! その土人を撲るがいい! その土人を蹴ってやるがいい! どこにいる? どこにいる? ジョンよどこにいるのだ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
 云い云い奥へ走って行く。
「お父様。私は殺されます! 土人は毒矢をつがえました。私の頸《くび》を括《くく》っています!」
 そういう声はだんだん幽かにだんだん奥へ遠ざかって行く。
「ジョンよジョンよ失望してはいけない! これもう一度お父様と云え! もう一度お父様と云ってくれ! すぐ行く! すぐ行く! すぐ行くぞよ!」
 ホーキン氏はあたかも狂人《きちがい》のように、藪を潜り木立ちを分け、無二無三に走ったが、忽然《こつぜん》何者かに足を掬われドッとばかりに前へ倒れた。
 ハッと驚いて飛び起きようとする。とたんにバラバラと木蔭からセリ・インデアンが二十人余り、獣のように飛び出して来たが、起きようともがくホーキン氏の上へ折り重なって組み附いた。二十人に一人では敵《かな》うべくもなく、見る間にホーキン氏は縛り上げられた。
「むう、さては計略だったのか」
 初めて気が附いたホーキン氏は、牙を噛むばかりに怒ったが、縛られた今はどうすることも出来ない。
 喜んだのは土人達で、彼らは彼らの言葉をもって戦勝の歌を唄いながら、捕虜ホーキン氏を引っ立てた。
[#ここから2字下げ]
麦と燕麦《からすむぎ》と椰子《やし》の実と
俺《おい》らの神様へ捧げよう
係蹄《わな》にかかった敵の捕虜《とりこ》
神様の犠牲《にえ》に捧げよう
肉は肉、骨は骨
バラバラにして食おうじゃねえか。
ああ、ああ、ああ、
捕虜《とりこ》を殺せ!
[#ここで字下げ終わり]

        十一

 チブロン島の夜が明けて遠征隊は起き上がったが、隊長ホーキン氏の姿が見えない。
「きっと朝の散歩だろう。林の中へでも行ったんだろう」
 彼らは互いにこう思ってたいして[#「たいして」に傍点]心配もしなかったが、しかし間もなく昼となり、そうしてとうとう晩になってもホーキン氏の姿が見えないので、にわかに彼らはあわて出した。
 こうして彼らは土人どもが何らか不思議な詭計《きけい》を設けて彼らの隊長ホーキン氏を昨夜のうちに誘拐《おびきだ》しどこか土人どもの本陣へ連れて行ったに相違ないと、こうようやく感附いたのはもうずっと[#「ずっと」に傍点]夜も更けてからであった。
「とにかく手を分けて探すことにしよう。ああしかしどうもとんだことになった」
 そこで彼らは全軍を三つの隊に分けることにした。一隊をもって部落を守り、他の二隊は夜を冒して土人の本陣に向かうことにした。
 南に向かった一隊の将は、チャンバレンという予備大尉で非常に勇敢な人物であり、北に向かった一隊の将はジョンソンという会社員上がりで思慮に富んだ人物であり、部落守備の隊長はマコーレーという人物で、生まれながらの冒険家でありホーキン氏にとっては片腕であった。
 各隊の人数は百人ずつで、いずれも決死の覚悟をもって各※[#二の字点、1−2−22]《おのおの》の任務についたのである。

「みんな唄うがいい! みんな踊るがいい! 敵の大将を捕虜《とりこ》にしたぞ!」
 土人酋長オンコッコは、社殿の縁に突っ立ち上がり、さも得意気に喋舌《しゃべ》るのであった。
「……最初俺達は敵の大将ホーキンの子供を捕虜《とりこ》にした。そこで俺達は考えた。このジョンという子伜《こせがれ》めをどうぞうまく囮《おとり》につかって敵の大将をおびき[#「おびき」に傍点]出したいとな。……そこでジョンをふん[#「ふん」に傍点]縛り部落近くへ連れて行きピシピシ鞭《むち》で撲《なぐ》ったものさ。するとこっちの思惑通りジョンめ親父の名を呼んだものさ。そこで親父のホーキンめが一人でノコノコやって来た。それをだんだんおびきよせ[#「おびきよせ」に傍点]、以前《まえかた》係蹄《わな》をかけて置いた林の奥まで引っ張り寄せ、そこでうまうま捉えたというものだ! 何んと愚かな敵じゃないか! 何んと利口な俺達じゃないか! ……さあみんな唄ってくれ! 大きな声で唄ってくれ!」
 住み慣れた部落を惜し気なく捨てここ社殿へ住居《すまい》を移した千人に余る土人どもは、この酋長の話を聞くと老若男女一斉にワッとばかりに喊声を上げ、社殿の周囲《まわり》を廻り出した。
 体には刺青《ほりもの》、手には武器、頭や腰を羽毛で飾った兇猛無残の食人族が、不思議な身振り奇怪な手振りで、踊りつ唄いつ廻り歩く様子は、何んと形容しようもない世にも物凄い光景であったが、しかし間もなくそれ以上の恐ろしい光景が展開された。
「もうよかろう引っ張り出せ!」
 オンコッコが叫ぶと同時に社殿の扉が左右に開いて、まず現われたのはホーキン氏、次に引き
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