達もついにこの島を窺うことが出来ず、今日まで捨てられておりました。さてところで、この島には、これら天然の財産の他に、人工的の大財宝が隠されてあるのでございます。すなわち代々の土人酋長が部下を従え海を越え、他国に向かって侵略し、奪い取ったところの貨幣珍器が、莫大もない額《たか》となって隠されてある筈でございます。ところでそれはどこにあるかというに、今日までの研究によれば地下の世界にある筈です。そして地下のどこにあるかというに、この島の伝説として語られている活《い》き剣《つるぎ》の神殿に、隠されてある筈でございます。拙者をして云わしむれば、活《い》き剣《つるぎ》に関する伝説などは作り話としか思われません。つまり物々しい伝説を作り地下の世界を神聖の物とし、他人の侵入を防いだのであります。秘密の通路を二つ設け、その一方を迷路としたのも侵入を防ぐ手段であります。
で、我々がその財宝を手に入れようと思うなら、是非とも地下の世界へ行き、その活き剣の神殿なるものを発《あば》かなければなりません。しかるにまことに残念なことには、二つの中の一つの通路は、完全に破壊されてしまいました。でこの道からは行けません。ところでもう一つの迷路からも絶対に行くことは出来ません。お聞きすれば紋太夫殿は、迷路に住んでいる巫女《みこ》に教わり、奇数偶数、奇数偶数と、こう辿って行かれた結果、地下の世界へ参られたというが、しかし再びその巫女の所へどうして行くことが出来ましょう。なるほど、巫女の住む場所からはそういう順序でも行けましょう。しかし入り口から巫女の部屋へはそういう順序では参れません。もしそんな順序で参れるようなら、それは迷路ではありません。仮りにも迷路とあるからは、そんな簡単な順序では到底行くことは出来ません。
で、要するに地下の世界へは、今のところ我々は、絶対に行けないのでございます。
ではどうしたらよかろうか?
当分の間我々には、地下の世界の財宝を諦らめ、この天産の無限に多い島その物の開拓に従事すべきではありますまいか。そうして緩々《ゆるゆる》その間に、壊れた地下道を修繕するもよし、新に開鑿《かいさく》するもよし、手段はいくらもございます。その上で地下へ参ったなら、成功することと思われます」
節斎の長い物語はようやくここで終りとなった。
他に手段がなかったので、紋太夫もホーキン氏もその説に従い、島を開拓することにした。
まず住宅が作られた。
各自愉快に生活した。
予想にも増してこの島には天産物が豊富にあった。規則正しい労働と、この時代の文明から推してきわめて進んだ設備とで、彼らはドシドシ発掘した。
この間、島の土人達と、幾度か小競合《こぜりあ》いが行なわれたが、とても彼らに敵すべくもない。間もなく完全にチブロン島は彼らの手中に帰することになった。
島の政体は共和であった。第一期の大統領には紋太夫が選ばれた。選挙は毎年行なわれ、二期の大統領にはホーキン氏がなった。大和節斎は老人ではあり、且つ学者でもあったので、最高顧問ということになった。祭礼方面は土人司祭のバタチカンが司《つかさど》った。
ジョン少年と大和日出夫とは、この共和国の寵児として仲間の者から可愛がられたが、云うまでもなくこの二人はこの上もない親友であった。
二十八
平和の月日が過ぎて行った。
それは蒸暑《むしあつ》い夏の陽が、平和な島の草や木に、キラキラあたっているある日であったが、ジョン少年と日出夫とは、海岸の岩へ腰を掛け、愉快な会話に耽けっていた。
「……で、僕には不思議なのだ」ジョン少年がこう云った。
「ナーニ、ちっとも不思議じゃないよ」日出夫は笑って反対した。「要するにそれは蜃気楼《しんきろう》さ」
「蜃気楼だって? そんな筈はない。確かに僕は見たんだからね」
「でも、上陸はしなかったんだろう」
「ああ上陸はしなかった。少し先を急いだものだから」
「では確かに島があったと断言することは出来ないじゃないか」
「しかし、確かに見たんだからね」
「人間の眼というものは、案外アテにならないものでね」
「それに僕は歌声を聞いたよ。沢山の子供達が輪を作って、『いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、夢の島絵の島お伽噺《とぎばなし》の島、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい』ッてね、声を揃えて唄っているのを、僕はハッキリ聞いたんだが、これもやはり蜃気楼《しんきろう》かしら?」
「いやそれは空耳だよ。でなけれは聞き間違いだよ。潮の音か風の音かが、そんなように聞こえたのさ」
「でも繰り返して聞こえたがな」
「人間の耳というものは案外アテにならないものでね」日出夫は自説を曲げなかった。
ややあってジョンはまた云った。「君は伝説を信じるかね?」
「それは伝説の性質によるね」
「では烏《からす》の伝説は?」
「烏の伝説? 聞いたことがないね」
「一本足の大烏が、隠されてある宝の島へ、案内するという伝説だがね」
「で、誰が話したね?」
「土人司祭のバタチカンがね」
「いや僕は信じないね。……だって君そうじゃないか、一本足の烏なんてものはどこの国にだってありゃしないからね」
「ところがあったから面白いじゃないか、僕はこの眼で見たんだよ。僕はその烏に案内されて、島の表から裏側まで、つまり君の家へまで、やって行くことが出来たんだよ」
「なるほど」と日出夫は鹿爪《しかつめ》らしく、「ほんとに君が見たのなら、そうして僕が君のように、その烏を見ることが出来たら、そうしたら、伝説を信じよう」
この言葉の終えないうちに、一羽の烏が林の中から二人の方へ翔《か》けて来たが、すぐ前面《まえ》の岩の上へ静かに止まって羽根を畳んだ。
「一本足の烏! 一本足の烏!」
ジョンは飛び上がって叫び出した。見ればいかにもその烏は、一本の足しか持っていない。
「ああ本当に一本足だ!」
日出夫も驚いて飛び上がった。
と、烏は悠々とこの時岩から舞い上がったが、一つの大きな円を描き、それからいかににも緩《ゆる》やかに海の方へ翔け出した。
「ジョン君、僕は信じるよ! 君の話した伝説をね! さあアノ烏を追っ駈けよう!」
そこで日出夫とジョン少年とは、纜《つな》いであった小舟に乗り、海上遙かに漕ぎ出した。
風もない夏の海は、蒼く平らにトロリと澄んで、魚の影さえ透いて見える。
烏は二人を誘《いざな》うかのように、時々こっちを振り返って見ては悠々翼を羽摶いた。そうして千切れるように時々啼いた。
烏と舟とは空と海とで永い間競争した。二時間の余も競争した。
その時、舟の行く手に当たって、例の浮き岩が見えて来た。
「日出夫君、日出夫君、浮き岩だよ」
ジョン少年は注意した。
「ああ本当に浮き岩だね」
日出夫は櫂《かい》の手を止めた。
二つの浮き岩は唸りながら、互いに相手を憎むかのように、力任せに衝突《ぶつか》り合っていた。飛び散る泡沫《しぶき》は霧を作り、その霧の面《おもて》へ虹が立ち、その虹の端の一方は、陸地《くがち》の断崖《がけ》に懸かっていた。
その陸地はチブロン島の南の側に当たっていた。
その断崖は岩で畳まれ、諸所に欝蒼と大木が繁り、上りも下りも出来そうもないほど、険しい様子を備えていたが、しかしどことなく人工的であった。
この人工的の断崖の下の、深い深い海上で浮き岩が衝突《ぶつか》り合っているのであった。
ここまで翔けて来た一本足の烏は、この時にわかに千切れるように幾度も幾度も啼き声を立てたが、スーッと低く舞い下がって来た。おや! と思う暇もなく、断崖の裾まで下り切ると、フッと姿が消えてしまった。
二十九
「やッしまった、烏が消えた!」ジョンは驚いて叫び声を上げた。
「まあ待ちたまえ、考えがある」
日出夫少年は腕を組み何やらじっと考えこんだが、
「ねえ、ジョン君、こう思うのだよ、理由《わけ》なしに烏が消える筈がない。消えるには消えるだけの理由があろう。いや理由がなければならないとね」
「ああ、そうとも、理由がなければならない」
「で、僕は思うのだがね、あの断崖の裾の辺に、何か秘密があるのだろうとね」
「ああなるほど、そうかもしれないね」
「恐らく洞窟《ほらあな》でもあるのだろう」
「ああなるほど、そうかもしれないね」
「しかも普通の洞窟ではない」
「そんな事までは解らないよ」
「いや僕は断言してもいい。きっと普通の洞窟ではない。非常に価値《ねうち》のある洞窟だよ」
「どうしてそんな事云えるだろう?」
「云えるだけの理由があるからさ」
「僕にはちっともわからない」
「君は浮き岩をどう思うね」日出夫少年は真面目《まじめ》に云った。
「天工と思うかね? 人工と思うかね?」
「それはもちろん天工だろう」
「ところが、あいつ[#「あいつ」に傍点]は人工なのだ」
「どういうところから発見したね?」ジョン少年は不思議そうに訊いた。
「見たまえ、鎖《くさり》が見えるじゃないか」
こう云いながら日出夫少年は、二つの岩に挟まれている蒼い水を指差した。
なるほど、そう云えば鎖が見える。すっかり錆びて赤くなり、そこへ海草がまとっているので、一見岩と見紛うけれどもまさしく太い鎖であった。
「ああなるほど、太い鎖だ!」ジョン少年は感動した。
「鎖で繋いであるのだからこの浮き岩は人工だよ」日出夫はさらに説明した。「こんな大掛かりの浮き岩を人工で作ったというのは、決して冗談や好奇心《おもいつき》からではあるまい。きっと必要があったからさ」
「その解釈は胸に落ちるね」
「そこで僕はこう思うのだよ、人工の浮き岩を作ったのは、何かを防禦《ぼうぎょ》するためだとね」
「ははあなるほど、そうかもしれない」
「つまり、洞窟《ほらあな》が大事だからだ。洞窟に価値《ねうち》があるからだ。で、その洞窟へ泥棒どもを侵入させないそのために、浮き岩なる物が作られたのさ」
「そうだそうだ、それに違いない!」ジョン少年は手を拍った。
「では早速行って見ようや」
「よかろう」
と云うと日出夫少年は、櫂《かい》へグイと力をこめた。
随分危険ではあった。けれど冒険に慣れている二少年はそれでもとうとう断崖の裾へ、自分達の小舟を寄せることが出来た。
はたして想像をした通りそこに洞窟の口があった。
二人はすっかり元気付き、その口から舟を入れた。と二人の眼の前へ、狭い水路が現われた。水路は遠くまで続いていた。
二人はズンズン舟を進めた。舟が進むに従って水路は次第に広くなり、やがて一つの湾へ出た。
湾の円周五丁もあろうか、その中央と思われる辺に小さな島が浮き出ていた。
「やあ小《ちっ》ちゃい島があらあ」
「おやおや烏があんな所にいるよ」
一本足の大烏が、島の頂の木の枝で、羽根を畳んで休んでいた。
二少年は舟を出て、島の渚《なぎさ》へ下り立った。
島は美しく可愛らしく周囲一町もなさそうであった。
「これが伝説の宝島だろう」
「そうだそれに違いない」
「大急ぎで宝を目付けようぜ」
「よしきた、目付けよう、競争だ!」
そこで二人は走り廻った。
日出夫少年は頂上を目がけ兎のように駈け上がった。そうしてそこで目付けたのは巨大な鉄の箱であった。腐蝕した穴から黄金の光が燦然《さんぜん》と彼の眼《まなこ》を射た。
「目付けた!」
と彼は歓喜の声を湾一杯に響かせた。そうだ、彼は目付けたのであった。それこそ伝説に語られてある「チブロン島の宝庫」なのであった。
そこで二人は舟へ乗り、急いで外海へ出ようとした。
「おや、あんな所に階段があるよ!」
こう云いながらジョン少年は、湾をグルリと囲繞《とりま》いていた洞窟《ほらあな》の内壁を指差した。
洞窟の内壁を上の方で斜めに階段が出来ていた。その上層は闇に鎖ざされほとんど見ることが出来なかった。
好奇心の強い二少年がこれを見遁がす訳がない。二人は舟を岸へ着けると揃って階段を上へ登った。
三十
やがて二人は登り尽くし、不思議な神秘的な平原
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