思議な乞食から貰った黒い玉を取り出すと、土人目がけて投げ付けた。
 ふたたび轟然たる爆発の音が、坑道一杯に鳴り渡ったが、続いて起こった大音響は全く予期しないものであった。
 その辺の岩組が弱かったためか、左右の岩壁と天井とが、同時に崩れて来たのである。
 地下人どもは一人残らず岩石の下へ埋められたが、今まで通じていた地下への道も同じくその地点で埋没された。
 こうして腹背敵を受けたその危険からは遁《の》がれたが、神秘を極めた地下国へは再び行くことが出来なくなった。
 しかし地上へは出ることが出来る。
 でホーキン氏を先頭に、ジョン少年、大和日出夫、小豆島紋太夫が殿《しんがり》となり、坑道を先へ辿ることにした。
 一里余りも行った時、道が二つに分れていた。左へ行けば社殿へ出られ、右へ行けば空井戸へ出られる。
「さてどっちへ行ったものかな?」――ここで一同は躊躇した。
 その時、左手の坑道から大勢の足音が聞こえて来た。そうして人声も聞こえて来た。
「また土人軍がやって来たらしい」一同は少なからず当惑した。
 大勢の足音はそういう間も次第次第に近寄って来る。はっきり[#「はっきり」に傍点]人声も聞こえて来る。
「や、あれは日本の言葉だ」紋太夫は思わず云った。
「英国の言葉も雑っている」続いてホーキン氏もこう云った。
 松火《たいまつ》の火を真っ先にやがて人影が現われたが、それは土人の軍勢ではなく、土人祭司バタチカンを案内役に先に立てたすなわち日英の同盟軍――来島十平太とゴルドン大佐と、彼ら二人の部下とであった。
「これはこれは小豆島殿!」「ああお前は十平太か!」
「これはこれはホーキン隊長!」「おお君はゴルドン大佐か!」
 忽ち双方から歓喜に充ちたこういう会話が交わされた。
 そこで一同熟議の結果、大和日出夫の父の邸へひとまず落ち着こうということになった。で、道を右に取り、元気よく一同は先へ進んだ。
 一里余りも進んだ時、狭い坑道は行き詰まった。空井戸の底へ来たのである。そこで一同は順々に空井戸を上へ登って行った。それから日出夫を先に立て、荒野をズンズン歩いて行った。
 間もなく日出夫の邸へ着いた。
 思わぬ大勢の来客に日出夫の父は仰天したがまた甚《ひど》く喜びもした。
 誰も彼も空腹であった。日出夫の父は家内を探しあるだけの食物《たべもの》を提供した。
 それから一同一室に集まり今後の方針を議することとした。
 真っ先に立ち上がって発言したのは大和日出夫の父であった。
「拙者は日本の本草家|大和《やまと》節斎《せっさい》と申す者でござる」
 これを聞くと紋太夫は驚いたような顔をしたが、
「ナニ大和節斎殿とな? これはこれはさようでござったか。和漢洋の学に通じ、本草学の研究においては一流の学者と申すこと、噂に承《うけたま》わっておりました。しかし今より十数年前、支那|上海《シャンハイ》の方面にて行方不明になられたと、もっぱらの評判でござりましたが、意外も意外このような土地に、ご壮健にておいでとは、不思議な事でござりますな」
「いやそれには訳がござる」節斎は微妙に笑ったが、「まずともかくもお聞きくだされ。これは不思議な話でござる。そうしてこれは皆様にとって最も有益な話でござる。実はな拙者|上海《シャンハイ》において珍らしい書物を手に入れたのでござる」

        二十七

 大和節斎は演説を続けた。――
「さよう、拙者は上海《シャンハイ》において、珍らしい書物を手に入れました。孔子以後現代までの聖人賢人悪人どもの知識について書き記したもので、この本一冊持っていさえしたら、世界のあらゆる出来事はさながら掌上を指すがごとく理解出来るのでございます。で、拙者はこの書物を『聖典』と呼ぶことに致しました。さて、その聖典の暗示によって、この島のどこかに大宝庫があり、発掘を待っているということを、朧《おぼ》ろ気ながら知ることを得たのは十数年前のことであって、その時以来この島へ移住し、土人どもと交際をし今日まで暮らして参りました。最近聖典を失いましたため、一時研究を放擲《ほうてき》しましたが、大挙して諸君が参られたからは、再び勇気を揮《ふる》い起こし、所期を貫徹致すべく努力するつもりでございます」
 ここで彼は一|咳《がい》したが、
「さて、ついては今日まで、十数年間この島に関して、研究致しました成績について、あらかたお話し致しましょう。……まず第一この島には宝石の土蔵がございます」
 ここでまた一咳した。
「それから第二にこの島には黄金の土蔵がございます。そうしてこの島の樹木たるやいずれも珍木でございます。要するにこの島その物が一大宝庫なのでございます。しかるにこの島の土人なる者が、昔から剽悍《ひょうかん》でございましたので、幾多著名の冒険家
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