を下へ下りて行った。
 間もなく二人は底へ着いた。細い横穴が通じている。それを二少年は辿って行く。
 道は案外平坦で山もなければ坂もない。ただ暗いのが欠点である。
 二人はドンドン走って行く。
 二時間余りも走った頃、行く手に当たって人声がした。
「いよいよ地下の国へ着いたようだな」
「土人どもが騒いでいる」
「気を付けて行こうぜ」「そっと行こうよ」
 二人は互いに戒《いまし》め合い、足音を忍んで近寄って行った。

 小豆島紋太夫とホーキン氏とが、前後に大敵を引き受けて進退全くきわまったことは、既に書き記したが、さてその後どうしたかと云うに、他に手段もなかったので小豆島紋太夫はオンコッコ軍に向かい、またホーキン氏は地下人軍に向かい、悪戦苦闘をしたものである。
 ワッワッという叫び声、悲鳴、掛け声、打ち物の音、狭い地下道は一瞬にして地獄のような修羅場となったが、その中で紋太夫は十五人、ホーキン氏は十人の敵を生死は知らず切り伏せた。
 これには土人軍も辟易したが、ド、ド、ド、ドと一度に崩れを打ち、元来た方へ引き返したが、しかしすっかり逃げたのではなく、一時退却したまでである。
 こなた二人はホッとしたが、さすがに体は疲労《つか》れていた。
「さてこれからどうしたものだ」こう云ったのはホーキン氏である。
「いずれすぐに盛り返して来よう。戦うより仕方がない」紋太夫は憮然《ぶぜん》として云った。
「さよう、戦うより仕方あるまい。敵は大勢味方は二人、とてもこっちに勝ち目はないな」ホーキン氏は暗然とした。
「そうばかりも云われない」紋太夫は故意《わざ》と元気に、「世には天祐というものがある」
「俺はそんなものは認めない」ホーキン氏は冷ややかに、「それは憐れむべき迷信だ」
「いやいや決して迷信ではない。日本には沢山例がある」
「いや迷信だ。非科学だ。合理的とは認められぬ」
「西洋流の解釈だな」
「そうして正しい解釈だ」
「しかしそいつはまだ解らぬ。……や、来た来た盛り返して来たぞ。議論をしている暇はない」
「うん、来たな。サア戦争だ」
 二人はそこで以前《まえ》のように前後の敵に向かうことにした。
 衆を頼んだオンコッコ軍はひたひた[#「ひたひた」に傍点]と紋太夫へ攻め寄せる。
 ビクともしない紋太夫は、ピッタリ岩壁へ体をくっ付け、しばらく敵を睨んでいたが、パッと敵の中へ飛び込むと、やにわに二人を切り伏せた。そうして次の瞬間にはピッタリ岩壁へ身を寄せた。と、またパッと飛び込むと同じく二人を切り仆し、仆した瞬間には彼の体は既に岩壁へくっ付いている。
 六人、八人、十人と、見る見る土人は切り仆されたが、紋太夫も体へ一、二箇所傷を負わざるを得なかった。
 この凄まじい太刀風にまたもや土人軍は退却したが、その時忽然地下道を震わせ轟然たる大音響が鳴り渡り、それと同時にその時まで雲霞《うんか》のように集まっていたオンコッコ軍が数を尽くしバタバタと地上へ転がった。
 濛々と立ち上る黄色い煙り、プンと鼻を刺す煙硝の匂い、誰か爆弾を投げたと見える。
 あまりの意外に紋太夫は、驚きの眼を見張ったまま暫時《ざんじ》茫然と佇《たたず》んでいたが、忽ち煙硝を分け、二人の少年が現われたのを見ると、さらに驚きを二倍にした。
 その少年こそ他ならぬジョン少年と日出夫である。

        二十六

 一方ジョージ・ホーキン氏は、地下人どもを相手とし、人骨製の槍をもって、悪戦苦闘を続けていた。五人の土人を突き伏せた時、自分も数痕《すうこん》を蒙《こうむ》ったが、そんな事にはビクともしない。さらに敵中へ飛び込んで行った。その時、耳朶《じだ》を貫いたのが大爆発の音響である。
 これにはホーキン氏も驚いたが、一層驚いたのは土人達で、ワッという悲鳴を上げると共に十間余りも逃げ延びた。
 で、ホーキン氏は振り返って見た。濛々たる煙り、累々たる死屍、その中から走り出た二人の少年のその一人が、自分の子のジョンだと知った時、その喜びと驚きとはほとんど形容の外《ほか》にあった。
「ジョンよ! ジョンよ! ジョンではないか!」
 思わず大声で呼んだものである。
 呼ばれたジョンはホーキン氏を見たが、
「あッ、お父|様《さん》だ! お父|様《さん》だ!」
 歓喜の声を高く上げると、鞠《まり》のように飛んで来た。それをホーキン氏は両手を拡げひしとばかりに抱き締めた。
 親子久しぶりでの邂逅《めぐりあい》である。死んだと思ったのが生きていたのである。……しばらく、二人は抱き合ったまま、一言も云わずに立っていた。涙が頬をつたわっている。
 と、不意にジョン少年は地下人の群れを睨んだが、
「ああ、あいつらは土人ですね。憎い僕らの敵ですね。それでは僕退治てやろう」
 云うより早く、ポケットから、れいの不
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