真似《てまね》で話し出した。
「あなたはいったい何者です? ここで何をしておられるのです!」
すると娘も覚束《おぼつか》ない手真似で、
「妾《わたし》は巫女《みこ》でございます。ここが妾の住み家なのです」こうようやく答えたのである。
「拙者は東邦の人間でござるが、計らず洞中へ迷い入り、帰りの道を失ってござる。あなたのご好意をもちまして洞窟外へ出るを得ましたら有難き仕合せに存じます」
「それはとうてい出来ますまい」
これが巫女の返辞であった。
「それはまた何故でござりますな?」
「何故と申してこの妾《わたし》も、やはり出口を存じませぬゆえ」
「おおあなたもご存じない?」
「はい妾も存じませぬ。物心ついたその頃から妾はずっ[#「ずっ」に傍点]とこの洞内に起き伏ししておるのでございます」
「食物もなく水もなくどうして活《い》きておいでなさるな?」
「いえいえ水も食物も、運んでくださる方がござります」
「それは何者でござるかな?」
「妾は一向存じませぬ」
「ご存知ないとな、これは不思議」
「きっと妾のお仕えしている尊い尊い壺神様《つぼがみさま》がお運びくださるのでござりましょう」
紋太夫は早くも聞き咎《とが》めた。
「何、壺とな? 壺神様とな?」
英国の探険家ジョージ・ホーキン氏は、愛児のジョンを失ったことを、驚きも悲しみもしたけれど、そこは冷静な英人|気質《かたぎ》、あわても血迷いもしなかった。
彼は部下を呼び集め、今後の方針について物語った。
「我々の露営もかなり久しい。土人の様子もたいがい解った。平和手段では駄目らしい。で船を出し海峡を越え砲火を交じえて征服しよう。しかし、聞けば不思議な軍艦が、ビサンチン湾に碇泊し、やはり我々と同じようにチブロン島を狙っているそうだ。まず使者を遣《つか》わして彼らと一応商議しようと思う」
「賛成」
と部下達は一斉に叫んだ。
そこで二十人の部下達は、後備《こうび》少佐ゴルドンという勇敢な軍人に引率され湾を指して出発した。
往復三日はかかるであろう。……こういう予定で出発したのが五日になっても帰って来ない。で、不安には思ったけれど、待っていることも無意味だというので、いよいよホーキン氏は全軍を率いチブロン島へ襲撃し土人と一戦することにした。
九
ホーキン氏の率いる遠征隊が、チブロン島へ上陸するや否や、土人の斥候が早くも見附け、ピューッと鋭い笛を吹いた。するとその笛は他の笛を呼び、さらにその笛は他の笛を呼び、次々に吹き継いで、土人部落へ報告したらしい。
海岸へ上がるやホーキン氏は直《ただ》ちに部下を一所《ひとところ》に集めた。
「土人を殺すが目的ではない。彼らを威嚇し降参させ、財宝を発見《みつけ》るのが目的である。鉄砲は是非とも打たねばなるまい。しかし急所は避けるがよい。戦闘力を失わせる! これが最も肝心である。……では諸君進もうではないか! 土人は毒矢を射るであろう。木立ちを楯に進むがよい」
まだ言葉の終らぬうちに、一斉に毒矢が降って来た。
「林の中へ!」とホーキン氏は云った。
遠征隊は一散に林の中へ飛び込んだ。棗椰子《なつめやし》や山毛欅《ぶなのき》や棕櫚《しゅろ》の木などに蔽《おお》われて林の中は暗かった。
「散って!」とホーキン氏が叫んだので密集していた部下の者は二間の隔《へだ》てを置きながら左右へ翼のように拡がった。
毒矢は今は飛んで来ない。土人の姿も見ることは出来ない。全軍|粛々《しゅくしゅく》と進んで行く。
深い林が浅くなり日光がキラキラ射し込んで来た。遙か前方に丘が見えた。そこに土人が集まっている。
「打て!」とホーキン氏が令を下した。と同時に火蓋《ひぶた》が切られ白煙りがパッと立ち上がり木精《こだま》が四方から返って来た。
三人の土人が地に仆《たお》れた。あわてふためい[#「ふためい」に傍点]た余《あと》の土人は仆れた土人を抱きかかえ忽ち丘から見えなくなった。
「左へ!」とホーキン氏が号令を掛けた。
全軍素早く左へ走り、敵に位置を知られないようにした。
突然その時|背後《うしろ》にあたって異様な叫び声が湧き起こり、同時に毒矢が降って来た。案内知った土人軍は早くも背後《うしろ》へ廻ったと見える。
「止まれ! 伏せ!」とホーキン氏は勇ましい声で命令した。部下達はバタバタと地へ伏した。そうして後方《うしろ》をすかして見た。
土人の姿がチラチラ見える。いずれも刺青《ほりもの》で肉体を飾りそのある者は鳥の羽根を附け、そのある者は髑髏《どくろ》を懸け、そうしてほとんど一人残らず毒矢を入れた箙《やなぐい》を負い、手に半弓を握っている。
「随意打て!」とホーキン氏は、全軍に令を下して置いて自分も銃の狙いをつけた。
パン、パン、パンという小銃
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