す」
「晩に来てこっそり盗んだのですね?」
「いいえ、そうではありません。その婆さんは毎日のようにここへ遊びに来ていたのですよ。そうしてある日大威張りで聖典を攫《さら》って行ったのですよ。土人酋長オンコッコなどもよく遊びに来たものです。その婆さんとオンコッコとがチブロン島の支配者なのでね。つまりオンコッコは地上の支配者、婆さんが地下の支配者なのです。そうして二人は力を合わせて宝を守っているのですよ」
「すると君のお父様はその婆さんやオンコッコ等《など》と、以前《まえ》から仲がよかったのですね?」
「つまりお父様はその二人を利用しようとしたんですよ。そやつらの口から宝の在所《ありか》を確かめようとしたのですよ。……すべて野蛮人というものは、歌を唄うことを好みますね。ことに蛇使いの婆さんは酷《ひど》くそいつが好きだったので、万葉という日本の古歌へ今様の節をくっ付けて、そいつをお婆さんへ教えたり、日本語を教えたりしたんですね。語学にかけては野蛮人どもは本当に立派な天才ですね。すぐに覚えてしまいましたよ。それを有難いとも思わずに聖典を盗んだというものです。それからというものお父さんはすっかり気持ちが変になって、人さえ見れば、泥棒だと思い悪口ばかり吐くのですよ」
 二人の少年は話している間に、互いに親しみを感じて来たのだった。と、突然ジョンが云った。
「僕、武器を持っています! 蛇使いの婆さんを退治てやろう! 地下の世界へ行けさえしたら、きっとそいつを退治てやる!」
「地下の世界へなら行けますよ!」
 大和日出夫は元気よく云った。「この附近《ちかく》の野の中に地下へ行く道があるのです」

        二十五

「地下へ行く道があるんだって? そいつを僕に教えておくれ。そうして二人は地下へ行こうよ」
 ジョン少年はこう云った。
「ああいいとも、教えてあげよう」
 大和日出夫は喜んだ。それから彼は先へ立って、ジョン少年を案内した。
 館を出ると荒野である。二人は荒野を歩いて行く。
 やがて一つの空井戸へ出た。空井戸だから水がない。そうして井戸の一方の側《がわ》に不細工に出来た階段がある。
「ね、ここにある階段ね。これが地下へ行く道なのさ」日出夫は云って指差した。
「それじゃここから下りて行こうよ」
「では僕が先へ行こう」
 で、日出夫が先に立ち、その後からジョンが続き、空井戸
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