映らない。今や土人は二人の前を足早に奥へ走り抜けようとした。
 日本人同士の戦いではない。相手は無作法の土人のことだ。紋太夫はあえて掛け声もかけず、振り冠っていた白刃を、ピューッと一つ振り下ろした。ドンという鈍い音! 土人の首が地へ落ちたのだ。松火の光を貫いて一筋の太い血の迸《ほとばし》りが、四尺余り吹き出したのは、物凄くも壮観である。土人はあたかも枯れ木のようにドンと斃《たお》れて動かなくなった。

        十九

 斬ると同時に紋太夫は岩の蔭へ身を引いたが、真に素早い行動である。しかしそれにも劣らなかったのは、斃れた土人が手に持っていた人骨製の短槍を、岩の蔭から手を伸ばし、素早く攫《と》ったホーキン氏の動作で、槍を握るとその槍で二番手の土人の胸を突いた。「ワーッ」と云ってぶっ[#「ぶっ」に傍点]仆《たお》れる土人。胸から滾々《こんこん》と流れ出る血で、土がぬかるむ[#「ぬかるむ」に傍点]ほどである。とまたパッと岩の蔭から躍り出たのは紋太夫で、構えも付けず横なぐり[#「なぐり」に傍点]に三番目の土人の肩を斬った。すなわち袈裟掛《けさが》けにぶっ[#「ぶっ」に傍点]放《ぱな》したのである。「キャッ」というとその土人は酒樽のようにぶっ仆《たお》れたが、切り口からドクドク血を零《こぼ》す。とたんに飛び出たのはホーキン氏で四番目の土人の腹を突いた。
「えい、ついでにもう一匹!」
 叫ぶと一緒に五番目の土人を、紋太夫は腰車に刎《は》ね上げた。
「もうよかろう」
「では一休み」
 二人は声を掛け合ったが颯《さっ》と隠《かく》れ家《が》へ飛び込んだ。汗も出なければ呼吸《いき》もはずまない。
 それこそ文字通り一瞬のうちに、五人殺された土人どもは、味方の死骸を捨てたまま、悲鳴を上げて逃げ出した。元来た方へ逃げ帰ったのである。土人の姿が消えてしまうと同時に松火も消えたので地下道の中は暗くなった。
「アッハハハハハ、弱い奴らだ」紋太夫は大声で笑い出した。「ホーキン氏、幾人斬ったな?」
「さようさ、二人は殺した筈だ」
「俺の方が一人多いな。俺は三人ぶッ[#「ぶッ」に傍点]放した」
「土人ども、どうするであろう?」
「このままでは済むまいな。いずれ大勢で盛り返して来よう」
「ちとそいつはうるさい[#「うるさい」に傍点]な」ホーキン氏は考え込む。
「来る端から叩っ斬るまでよ」紋太夫
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