で出来た紐で、たといどのように根気よく幾年かかって解こうとしても人間業では解けそうもない。
「さあこの紐を解くがいい、細い髪の毛をバラバラに、一本一本解くがいい」
 オンコッコは怒鳴り出した。
「うむ、これか」と云いながら、紋太夫は紐を握ったが、「一本一本解けばよいのか? バラバラに解けばよいのだな?」
「一本一本バラバラに解いて、それが神の御旨《みむね》に適《かな》えば社殿の奥から鈴が鳴る筈じゃ」
「よし心得た」と云ったかと思うと、紐を小脇に抱《か》い込んだ。

        七

 と、やにわに腰の太刀を掛け声も掛けず引き抜いたが、そのまま颯《さっ》と切り付けた。髪のより紐は中央《なかば》から断たれ、結ぼれていた髪の毛は瞬間にバラバラに解けてしまった。その時はたして社殿の奥からカラカラカラカラと鈴の音がした。
「おお鈴の音がする鈴の音がする。神がご嘉納なされたと見える」
 オンコッコは仰天し、思わず両手を天へ上げたが、にわかに何か叫びながら社殿の格子戸を引き開けた。と、内陣の板の間に老土人が一人眠っていた。そうしてその側《そば》に少年がいた。しかし土人の子供ではない。白い肌、青い眼、黄金色の髪、紛れもないそれは欧羅巴《ヨーロッパ》人で、他ならぬそれはジョン少年であった。そうしてジョンは鈴の紐を両手に握って振っていた。そのつど鈴はカラカラと鳴る。
「こやついったい何者だ!」
 オンコッコは怒鳴りながら、ジョン少年を睨《にら》み付けたが、老土人の側へツカツカと進み、
「起きろ起きろバタチカン」こう云って肩を揺すぶった。
 バタチカンと呼ばれた老土人は、眼を覚ましてムックリ起き上がったが、
「おおこれは酋長様で」
「こやついったい何者だな?」ジョン少年を指差した。
「ああその子供でございますかな。欧羅巴《ヨーロッパ》人の子供だそうで」
「それでは俺達の敵ではないか」オンコッコは顔をしかめ、
「いったいどこから捕らえて来たのだ?」
「ドームの森の附近《ちかく》だそうで」
「誰がいったい捕らえたのだ?」
「物見に行った仲間達で」
「何故俺達の敵の子を神聖な社殿などへ隠匿《かくま》うのだ?」
「あまり不愍《ふびん》でございましたから」
「不愍とは何んだ。何が不愍だ」
「この子を捕らえた仲間達は、戦勝を祈る犠牲《にえ》だと申して、この子を神の拝殿の前で焼き殺そうと致しました
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