説の性質によるね」
「では烏《からす》の伝説は?」
「烏の伝説? 聞いたことがないね」
「一本足の大烏が、隠されてある宝の島へ、案内するという伝説だがね」
「で、誰が話したね?」
「土人司祭のバタチカンがね」
「いや僕は信じないね。……だって君そうじゃないか、一本足の烏なんてものはどこの国にだってありゃしないからね」
「ところがあったから面白いじゃないか、僕はこの眼で見たんだよ。僕はその烏に案内されて、島の表から裏側まで、つまり君の家へまで、やって行くことが出来たんだよ」
「なるほど」と日出夫は鹿爪《しかつめ》らしく、「ほんとに君が見たのなら、そうして僕が君のように、その烏を見ることが出来たら、そうしたら、伝説を信じよう」
 この言葉の終えないうちに、一羽の烏が林の中から二人の方へ翔《か》けて来たが、すぐ前面《まえ》の岩の上へ静かに止まって羽根を畳んだ。
「一本足の烏! 一本足の烏!」
 ジョンは飛び上がって叫び出した。見ればいかにもその烏は、一本の足しか持っていない。
「ああ本当に一本足だ!」
 日出夫も驚いて飛び上がった。
 と、烏は悠々とこの時岩から舞い上がったが、一つの大きな円を描き、それからいかににも緩《ゆる》やかに海の方へ翔け出した。
「ジョン君、僕は信じるよ! 君の話した伝説をね! さあアノ烏を追っ駈けよう!」
 そこで日出夫とジョン少年とは、纜《つな》いであった小舟に乗り、海上遙かに漕ぎ出した。
 風もない夏の海は、蒼く平らにトロリと澄んで、魚の影さえ透いて見える。
 烏は二人を誘《いざな》うかのように、時々こっちを振り返って見ては悠々翼を羽摶いた。そうして千切れるように時々啼いた。
 烏と舟とは空と海とで永い間競争した。二時間の余も競争した。
 その時、舟の行く手に当たって、例の浮き岩が見えて来た。
「日出夫君、日出夫君、浮き岩だよ」
 ジョン少年は注意した。
「ああ本当に浮き岩だね」
 日出夫は櫂《かい》の手を止めた。
 二つの浮き岩は唸りながら、互いに相手を憎むかのように、力任せに衝突《ぶつか》り合っていた。飛び散る泡沫《しぶき》は霧を作り、その霧の面《おもて》へ虹が立ち、その虹の端の一方は、陸地《くがち》の断崖《がけ》に懸かっていた。
 その陸地はチブロン島の南の側に当たっていた。
 その断崖は岩で畳まれ、諸所に欝蒼と大木が繁り、上りも下りも
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