と同じことが行われたそうで。……女が小判を出す、葉茶屋には釣銭がない。
『申し兼ねますがお立て替えを』
『よろしゅうござる』
 ……こうしてそこを出、野道へさしかかった時、お侍さんが開き直り、
『拙者立て替えた銭お払いなされ」
 ……すると女はさもさも軽蔑したように、
『あればかりの小銭《こぜに》……』
 ――とたんにお侍さんは女を斬《き》り仆《たお》し……いや、峰打ちで気絶するまで叩き倒したそうで」
「なるほど」
「お侍さんの心持ちはこうだったそうで『弱いを看板に、女が男をたぶらかし[#「たぶらかし」に傍点]たとあっては許されぬ』と……」
「こりゃアもっともだ」
 と云ったのは、易者《うらない》だという触れ込みの、総髪の男であったが、
「ご主人、何んと思われるかな?」
 と、佐五衛門の方を見た。
 佐五衛門は、少し当惑したような表情をしたが、
「さようで。女が男をたぶらかす[#「たぶらかす」に傍点]ということ、こいつアよろしくございませんなあ。……重ね重ね、そのお侍さんはご不運で」
 薪《まき》が刎《は》ねて炉の火がパッと焔《ほのお》を立てた。
 湯治客たちは一斉に胸を反《そ》らせた
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