、四十がらみの男であった。
「あっしばかりじゃアない、誰だって憎むでしょうよ。……ねえご主人、そうじゃアありませんか」
こう云うと葉茶屋の亭主だという男は、桔梗屋の主人の方へ顔を向けた。
桔梗屋の主人の佐五衛門は、持っていた筆を、ヒョイと耳へ※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]んだが、帳場格子へ、うっかり額を打ち付けそうに頷き、
「ごもっともさまで、女出入りで、そんな酷《ひど》い目にあわされましたら、誰だって女を憎むようになりますとも」
「若党っていう男に、同情だってするでしょうねえ」
とまた口を出したのは、左官の親方だという触れ込みの、三十四、五の男であった。
「さようですとも、その気の毒な若党殿には、私ばかりか、誰だって同情するでございましょうよ」
と、佐五衛門はまた頷いてみせた。
「ところで、その若党――お侍さんが、どんな塩梅《あんばい》に女を憎んだかってこと、お話ししましょうかね」
と、絹商人は、話のつづきを話し出した。
「そのことがあってからというもの、そのお侍さんは、生活《たつき》の途《みち》を失い……そりゃアそうでしょうよ、片
前へ
次へ
全33ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング