猿ヶ京片耳伝説
国枝史郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)掌《てのひら》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)その時|背後《うしろ》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)駕籠の、たれ[#「たれ」に傍点]の
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    痛む耳

「耳が痛んでなりませぬ」
 と女は云って、掌《てのひら》で左の耳を抑えた。
 年増《としま》ではあるが美しいその武士の妻女は、地に据えられた駕籠の、たれ[#「たれ」に傍点]のかかげられた隙から顔を覗かせて、そう云ったのであった。
 もう一挺の駕籠が地に据えられてあり、それには、女の良人《おっと》らしい立派な武士が乗っていたが、
「こまったものだの。出来たら辛棒《しんぼう》おし。もう直《じき》だから」
 と、優しく云った。
「とても辛棒なりませぬ。痛んで痛んで、いまにも耳が千切れそうでございます」
 と女は、武士の妻としては仇《あだ》めきすぎて見える、細眉の、くくり頤の顔をしかめ、身悶えした。
「このまま沼田まで駕籠で揺られて参りましては、死にまする、死んでしまうでございましょう」

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