と同じことが行われたそうで。……女が小判を出す、葉茶屋には釣銭がない。
『申し兼ねますがお立て替えを』
『よろしゅうござる』
……こうしてそこを出、野道へさしかかった時、お侍さんが開き直り、
『拙者立て替えた銭お払いなされ」
……すると女はさもさも軽蔑したように、
『あればかりの小銭《こぜに》……』
――とたんにお侍さんは女を斬《き》り仆《たお》し……いや、峰打ちで気絶するまで叩き倒したそうで」
「なるほど」
「お侍さんの心持ちはこうだったそうで『弱いを看板に、女が男をたぶらかし[#「たぶらかし」に傍点]たとあっては許されぬ』と……」
「こりゃアもっともだ」
と云ったのは、易者《うらない》だという触れ込みの、総髪の男であったが、
「ご主人、何んと思われるかな?」
と、佐五衛門の方を見た。
佐五衛門は、少し当惑したような表情をしたが、
「さようで。女が男をたぶらかす[#「たぶらかす」に傍点]ということ、こいつアよろしくございませんなあ。……重ね重ね、そのお侍さんはご不運で」
薪《まき》が刎《は》ねて炉の火がパッと焔《ほのお》を立てた。
湯治客たちは一斉に胸を反《そ》らせたが、五人が五人ながらたがいに顔を見合わせた。
大盗になった理由
(厭な話だこと)
とお蘭は思った。
(男も男だけれど、女の方が悪いわ……)
この囲炉裡側《いろりばた》へは、毎夜のように客が集まって来て、無聊なままに世間話をした。それを聞くのを楽しいものにして、お蘭も、毎夜のようにここへ来て、お母親《かあ》さんが早く死去《なくな》り、お父親《とう》さん一人きりになっている、その大切なお父親《とう》さんの側に坐り込み、耳を澄ますのを習慣としていた。
しかし十七歳の、それも一月後には嫁入ろうとする処女《きむすめ》にとっては、今の「女を憎む男の話」は嬉しいものではなかった。
(わたし行って寝ようかしら)
「ところが、そのお侍さんは気の毒にも、女のためばかりでなく、金のために、とうとう半生を誤りましてねえ」
と、絹商人だという男が話し出したので、お蘭は、つい、また聞き耳を立てた。
「その後、そのお侍さんは、いよいよ零落し、下谷のひどい裏長屋に住むようになられたそうです。ところがその長屋の大屋さんですがちょっとした物持ちでしてな、因業《いんごう》だったので憎まれていましたが、大屋のうえに金持ちなので歯が立たず、店子《たなこ》たちは歯ぎしりしながらも追従《ついしょう》していたそうです。ところがある晩、祝い事があるというので、この大屋さん、店子一同を自宅《うち》へ招待《よ》んでご馳走したそうで。とそこへ新鋳《しんぶき》の小判十枚が届けられて来たそうです。ナーニ、その小判の自慢をしたかったので大屋の禿頭《はげあたま》、店子たちを招待《よ》んだんで。さて自慢をしたはいいが、ご馳走が終ってみんな帰った後で、小判を調べてみると、一枚不足しているんで。盗られた! と思ったとたんに自分と一番近く並んでいた貧乏なお侍さんの、物欲しそうだった顔が眼に浮かんで来たそうで。そこで『盗んだなアあいつだ』と云いふらしたそうで。これが長屋中の評判になったんですねえ。お侍さんはとうとう居たたまらずに長屋を出たそうですが、出る際黙って小判一枚を大屋さんの門口から抛りこんだそうで。『やっぱりあいつがやったんだわい』と大屋さんはまたこのことを云いふらしたそうですが、その実お侍さんは、大事な刀を売りはらって、その金で償《つぐな》ったのだそうです。ところがどうでしょうその年の大晦日《おおみそか》になって、煤払いをしたところ、なくなったと思った新鋳《しんぶき》の小判が畳の下から出て来たそうで。さあさすがの大屋さんも参りましたねえ。『あのお侍さんにあやまらなければならねえ』とその行方《ゆくえ》をさがしましたが、行方がわからない。当惑しながら日を送り、三月になるとお花見、向島《むこうじま》へお花見に行ったところ、そのお侍さんが花の下で、謡《うたい》をうたって合力を乞うていたそうで。そこで大屋の禿頭、オズオズ寄って行って、事情を話して小判を返そうとすると『エイ!』という鋭い声で。見れば大屋の首が堤の上に、ころがっていたそうで。というところへ行きたいんですが、やはり峰打ちで叩き倒したんだそうで。……しかし、それからが大変で『金がなければこそこの恥辱を受ける』とそのお侍さん、その晩大屋さんの家へ強盗《おしこみ》にはいって、大金を奪いとったのを手始めに、大泥棒になったそうです」
風呂の中の人形
「泥棒に!」
と、脅《おび》えたような声で云ったのは佐五衛門であった。でも、すぐに幾度も頷き、
「無理はない。次から次と、ひどい目にあわされれば、どんな人間だろうと……」
「おおご主人もそ
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