と、総てのものを支配する大きい大きい暗黒ばかり、その沈黙と暗黒とへ、私はこの身を何んで投げよう。私はいつまでも此処にこうして機を織っていよう。(と機を織りつつ歌う)
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若き世の恋の色彩《いろあや》、
日の如き赤き喜《よろこび》、
ああそれもまたたく消えて、
墓を巡る夕月の色、
悲しみの青き綾糸、
人生《ひとのよ》の縦《たて》となりけり。
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(塔を眺め)そろそろ日が暮れると見えて、塔の上の湿った影が、だんだん下へ下《お》りて来る。あの影の下りきらぬ中に、私は機を織らねばならぬ。(無音にて機を織る。――杳《はるか》の屋外にて、堅き城門の開く音す。女子は機の手を止《と》めて耳を澄ます。その音尚かすかに響き来る)
女子 剣でかこまれた第一の城門が、たやすく開《ひら》く筈はないが、(と考え)今の音はどうやらその城門が開いた音のように思われる。(音なお残りて聞こゆ)あれあれまだ鳴っている。鋼鉄の琴のゆれびきのように、あれあれまだ鳴っている。(音次第に幽《かすか》になりて遂に止《や》む)止んだ! (と淋しく笑い)私の耳の空聞《あだきき》だろう、剱で守
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