々は、お嬢様を贈物《かずけもの》に貰おうと音楽の競技に来られた人達でござりますもの、皆お嬢様をめがけておりましょう。
使女B ほんにそうでござりました。
女子 (忙がしく止めて)もうもう、そんなことを云っておくれでない。いつもいつもお前方に云う通り、私には約束した一人の方があるのだぞえ。たとえ、お殿様がお客様のお一人へ贈物として私を下されても、私は決して行きはせぬ。
使女A そうそう、お嬢様には、この館へ来られる前に、お約束を遊ばされた立派の人が、おありなされるのだと常々聞いておりましたっけ。
使女B 紫の袍を着て、桂の冠をかむり、銀の竪琴を持った美しい音楽家でござりますそうな。
女子 (頷き)そのような風をしたお方が、今日のお客様の中にお見えなされはしなかったえ。
使女A さあ、おりましたやら、おらぬやら(とBと顔を見合せる。主屋の方にて大勢の笑声)
女子 あの笑声の中に、そのお方の笑い声もまざっているのではあるまいか。
使女B (気を利かせ)一寸《ちょっと》行って、そっと見て参りましょうか。
女子 こんに、そうしておくれなら、どんなに私は悦《うれ》しいか知れぬ。
使女A さようなら二人で一寸行き、直ぐに見て参りましょう。(と二人の使女は左の口より小走りに退場。女子は二人の出て去りし方に向かい、暫時|彳《たたず》み、やがてそのままの姿にて寝台に腰をかけて首を垂れる。夕陽、女子の肩と横顔を照らす。静。(三分間)やがて、高殿の階段へ領主の一子、美しき青年姿を現わす。天才的熱情の容貌、高尚なる騎士の服装。片手に一束の深山鈴蘭の花を持つ。女子の階下に在るを見て足音を盗み、段梯を下り、女子の背後に彳む)。
公子 (静かなれども熱心の口調にて)日頃|情無《つれな》い貴女《あなた》のことゆえ、私に逢いに来られたのではござりますまいが、一人でそのようにうなだれているのを見ると、何んとなく貴女が、私の所有《もの》のように思われます。
女子 (驚き振り返る)まあ、若様でござりましたか(とやや当惑の様子。)はい、おっしゃる通り、貴郎《あなた》に逢いに来たのではござりませぬが、(間)そのように御親切に云われて見ますれば、私もどうやら、貴郎のもの[#「もの」に傍点]になるのではあるまいかと思われます。
公子 そのような、程の宜《よ》いお言葉で、いつもいつもあしらわれますのは、吹くに委せて風に靡《なび》く柳の枝がその実、下の川水に姿をうつしているようなものでござります。私は風の役目と申すもの、川水は誰でござるやら、おうらやましいことでござります。
女子 そういうお言葉を聞く度に、私の心はかき乱されます。どうかもう、おっしゃらずにいて下さりませ。
公子 それは貴女の申すお言葉で、私の申し上げる言葉は別にござります。
女子 そのお言葉を、聞きたいことは山々でござりますが、聞いては却って後の嘆き、悲しい涙となりますれば、おっしゃらずにいて下さいまし。
公子 どうしたわけでござります。聞きたいことは山々なれど、聞いては後の嘆き、悲しい涙になるとは、どうしたわけでござります。(間)いやいや、またさように程の宜いことをおっしゃって、私の言葉をおはずしなさるのでござりましょう、私はよく存じておりまする。
女子 ほんにそうかも知れませぬ。(間)何彼《なにか》と申しましても、私は一つの願いに捉われている身でござりますれば、その願いの届くまでは、何んと申しても貴郎様の御親切にお答え申すことは出来ないのでござります。
公子 一つの願いとはどんな願いでござります。それを私に、お話し下さるわけにはなりますまいか。
女子 一つの願いは、また一つの呪詛《のろい》のように思われてなりませぬ。それをお話し申すは、やすいことでござりますけれど、お話し申しても何んの役にも立たぬことでござりますれば……。
公子 それは、あまり、情無《つれな》いお言葉と申すもの。が、その情無いお言葉は今に始まったことではなく、昔からのことでござりました。あの裏庭の無花果《いちじく》の陰で、さびしい花を毟《むし》っては、泉水へ流しながら、あれほど私が情をこめて、心のたけを申しました時も、甘《うま》くはずして、はっきりとした御返事は下されず。また、海に臨んだ岩陰の、人手と桜貝とで取りまかれた藻の香《か》の強い洞穴で、人魚同志が語るように、睦まじく話し合うた時も、恋の物語になる時は、屹度、いつかどうかおはずしなされます。さりとて情無《すげな》く振り切りもなされずに、恋の僕《しもべ》の狂うのをじらして遊ぶ、悪性《しょうわる》の姫君のように、気をいらだたせるお心が、私には怨めしいよりも、なつかしく、また慕わしいとは、よくよくのことでござりまする。(語る中に、そろそろと女子の傍へ座を占める。女子は困りたる風にて傍による)
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