法使いの、銀の竪琴の淫《みだ》らの音が、あの清き音に敗けてはならぬ。(突然)敗ける時は俺の恥だ! 千万人に試みて、千万人に成功した我が誘惑の「暗と血薔薇」の一曲が、罌粟畑の血の海でどれだけ音高く歌われるか聞け。(と「暗と血薔薇」の曲を歌う)

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暗《やみ》に咲ける緋文字の悪よ
悪の手に培《つちか》われ
暗に咲ける罪の花。
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女子 (高殿の下よりFなる魔法使いの方に歩み寄り、その肩にすがり)貴郎《あなた》は誰れなの?
Fなる魔法使い (女子を介《かか》え)北へ行こう北へ行こう……。北の浜辺で、お前へ血薔薇の花を与えた若い男は俺だ。
女子 その人は桂の冠をかむっておりました。貴郎にはそれが無い。
Fなる魔法使い (頭に手をやり)桂の冠は、明日の競技に勝った時、俺の頭に載っている。
女子 貴郎は誰なの?
Fなる魔法使い お前の恋しい男じゃないか。
女子 貴郎は誰なの?
Fなる魔法使い Fなる魔法使い! (と女子を介えて海辺へ行かんとす。高殿より再びバイオリンの音聞こゆ。それと共に、「死に行く人魚」の歌を歌う)

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人魚の恋はとげられて
はかなく消えし赤き帆や
あわれ幻。
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(女子はまた、Fなる魔法使いの肩より離れて、高殿を見上げる)
女子 若様!
公子 (歌う)

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屍には白き藻草を着せかけん、
瞳の閉じし面には、
かぐろき髪の幾筋と
鈴蘭の花をのせて置く。
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女子 若様、私は此処におりまする、若様!
公子 (歌う)

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死んで行くなる乙女子の
水の都の人魚へ……
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女子 (高殿の下へ馳せ行き、物狂わしく)若様、若様、私は此処におりまする。
公子 (答えなく歌う)

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声もとどかぬ水底の
水の都の同胞《はらから》は、
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女子 ああ未《ま》だあんな悲しい歌を歌っていらっしゃる。若様!
公子 (歌いつづけ)

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行方知れずの人魚を
浮藻の恋になぞらえて、
はかなきものと語り合う。
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女子 (泣きつつ)若様、若様、若様よう。
公子 (ふっと歌を止めて、すかし見しが、直ちに復《ま》た歌う)

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