織る人の世の象《さま》
ああかくて日を織り月を
年を織り命を織りて
人生《ひとのよ》を織り行く梭か、
(その日のために――)
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少年 ええ、ええ、お姉様! お歌はよーっく覚えますよ。よーっく、よーっく覚えますよ。――だから此処へ帰って来て下さいなよう。……ああ舟が、舟がどんどん流れて行くんだもの! ええ、ええ、誰が舟をひっぱって行く! 誰が誰が!(水門の上の巨人の姿、ヨハナーンの眼に映る)彼奴《やいつ》が! 畜生! 彼奴が! お姉様を! 彼奴が水門の上でお姉様を呼んでいる。私をこんな所へ連れて来た巨《おっき》い恐いあの奴が! ……あれあれあのように広い灰色の衣を振ってお姉様を呼んでいる。……お姉様、早く睨《にら》んでおやり遊ばせ! 行かぬ行かぬと云っておやり遊ばせ! ……あれまだ呼んでいる! 畜生! いっくら呼んだってお姉様はやらぬぞ! 私がやらぬ私がやらぬ! やるものか、やるものか! ……けれども、ああ、ああお舟が流れて行く! 流れながら! ……私とお姉様との間が、こんなに遠く離れてしまった! ……早く、早く、お姉様舟を止めて下さいよう。……そして此処へ来て下さいよう。……ああ、舟が水門へ! あれあれあのように吸いこまれる! ええ、ええ、あのように吸いこまれる!
(舟水門に入らんとす、影の如き人々水門の端に立ち出で、喜び迎うる風をなし、はげしく手を上げて呼び招く)
女子 (悲しき声にて)ヨハナーンよ! (更に悲しく)さようなら!

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人生《ひとのよ》を織り行く梭の
絶ゆる日に琴の音鳴らん。
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ヨハナーンよ、さようなら!
少年 (両手を差し出し、姉を抱きかかえる如き風をなし)お姉様よう、(狂気の如く手を上下し)舟が水門へ吸いこまれる。……影のような人達がお姉様を引っぱりこむ! あの憎い恐い奴! ……舟がグルグルと渦巻いて。……舟首《へさき》がもう水門へ。……白いお姉様の着物が……黒い水が蛇のようにうねくって。……あッ! 舟が水門へ! ……お姉様よう!
女子 さようなら、可愛い坊や! ヨハナーン!

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ひきかけて
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(小舟水門の中に入る、影の如き人も巨人も一時に消え失す)
少年 ああれ! (と叫びを上げ)お姉様よう、……もうもう私は、……あんなに云
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