見る)ああ、私は何も云うまい。まだ三色の糸が残っている。私は三色の糸で機を織ろう。この三色の糸の切れぬ中は、私は此処に居られる身じゃ……。私は何も云わぬことにしよう。(女子再び機を織る。以前よりは悲しき声にて歌う)

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白糸の清ければ
乙女心よ、
やがて染む緋や紫や
あるは又罪の恐れの
暗《やみ》に似てか黒き[#「か黒き」に傍点]色の
罪の黒糸
罪の黒糸。

さまざまの色ある糸の
綾を織る人の世の象《さま》
ああ斯《か》くて日を織り月を
年を織り命を織りて、
人生《ひとのよ》を織りて行く梭か。
(その日のために)
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(歌声やむ時、第二の城門の開く音す。女子耳を澄ます)
女子 第二の城門は瀧のように落ち下る、泉の水で守られている。(やや間近に聞こゆる余韻を追い)その城門も開いたのか? 私の身の上にふりかかっている命の預言が近づいた。(塔をすかし)ああ塔の上の人影は今は水門の上へ下りている。やがてこの室へ忍び入るのだろう。そして私を、あの塔の中へ導いて行くのだろう。(耳を澄まし戸外の音を聞く)誰やらが歩いて来る。足音は小供の足音のように軽く小さく聞えて来る。私の身代りにこの室へ来たのかも知れぬ。物凄い城門の音に送られて、此処へ来る不幸の人は、女ならば機を織り男ならば琴を弾《ひ》き、一生を此処で暮らさにゃならぬ。(機糸を眺め)ああまた白い糸が切れたそうな。後に残ったは黒と黄との二色ばかり、私はこの糸の切れるまで、此処で機を織らねばならぬ。そして二色の糸の切れた時、私は静かにこの室を出て、あの塔の影となる。それが私の命の預言。(と機に手をかけ、織りながら歌う)

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人生を織り行く梭の
絶ゆる日に琴の音鳴らん、
七筋の調べの弦《いと》に
黄なる糸|運命《さだめ》の糸を
ひきかけて
鳴らさんものか。
(その日のために)
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(第三の城門の開く音間近く聞こゆ。女子織る手をとめる)
女子 黒い糸もまた切れた! (と決心せる如く機《はた》より立ち離れ、場の中央に立ちて下手の口の堅き鉄の扉を見詰む。――扉の外にて軽き足音聞こゆ)
女子 軽い足音がする。このもの寂しい室へ来るには、あまりあどけない[#「あどけない」に傍点]足音だ、小供の足音だ。
(足音近づくと共に、七弦琴の音聞こゆ)
女子 (耳
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