に現われたる旧論派にあらずして実に近時に生じたる新論派なり。わが国民論派の欧化主義に反動して起こりたるは、なお彼の国民論派の仏国圧制に反動して起こりたるがごときのみ。日本人民が欧州の文化に向かって伏拝したることはまさに欧州諸邦の人民が仏国の兵威に向かって伏拝したると同一般なり。されば国民論派の日本に起こりし原因はその欧州に起こりし原因と比較して、ただ文力と武力との差違あるに過ぎず。
   日本における国民論派の大旨
 世界と国民との関係はなお国家と個人との関係に同じ。個人といえる思想が国家と相容るるに難からざるがごとく、国民的精神は世界すなわち博愛的感情ともとより両立するにあまりあり、個人が国家に対して竭《つく》すべきの義務あるがごとく、国民といえる高等の団体もまた世界に対して負うべきの任務あり。世界の文明はなお社会の文明のごとく、各種能力の協合および各種勢力の競争によりてもってその発達を致すものたるや疑いなし。国民天賦の任務は世界の文明に力を致すにありとすれば、この任務を竭さんがために国民たるものその固有の勢力とその特有の能力とを勉めて保存しおよび発達せざるべからず。以上は国民論派の
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