を感受したる時のごとし。
泰西における国民論派の発達
かかるはなはだしき挫折に対し争《いか》でかその反動の起こらざるべき。当時ドイツの学者ラインホールド・シュミード氏の著わせし記述にいわく、
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仏国のかかる待遇は久しく眠りたるドイツ国民的感情を喚醒するに至れり。一八〇六年において恥ずべき敗北を取りし後、ドイツ人はその屈辱を雪《そそ》がんがため国民的精神と言える造兵場につきて新兵器を捜索したり。さきに国民旨義を排斥して冷淡なる感情または狭隘なる思想とまでに公言したるフィフテ氏といえども、この実勢を見てかの有名なる演説、「ドイツ国民に告ぐ」と題する有名の演説をなし、切に国民的感情を喚起して、この感想あるにあらざれば、自国の安寧を保つあたわずとまでに切言したり。
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イタリアの学者ジョゼフ・ド・メストル氏の『外交通信録』もまた当時の著述に係れり。その一節に言えるあり、いわく、
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国民と言える事柄は世界においてゆるがせにすべからざる事柄なり。礼容においても感情においても、また利益においても、国民と言える思想は一日も
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