はだしき反対をなさざりき、むしろ中央集権の説に隠然反対して早くも地方自治の利を信認せり。世人に向かいて利己主義を教えたるもなお当時の諸藩主に国家の公益を忠告し、世人に向かいて自由主義を教えたるもなお貴族の特権を是認したり。この論派はもっぱら国富の増加を主眼としたるがゆえに、いやしくも経済上に妨害あらずと信ずるときは、あえて権義道理の消長を問わざりき、この点においては浅近なる実利的論派にして毫《ごう》も抽象的原則または高尚の理想を有するあらず、要するにこの論派は社交上の急進家にして政治上の保守家というべきのみ。
「空理を後にして実用を先にす」とは国富論派の神髄なり。この論派は英国・米国の学風より生出したりといえども、あえて学者の理論を標準として政治の事を説くものにあらず、彼実に日本の現状に応じて説を立て、政法上道理に合うと否とを問わず、事情の許す限りはこれを利用して実益を生ぜしむることをその標準となしたるがごとし。ゆえに自由主義を取るとはいえ、必ずしも政府の干渉を攻撃せず、必ずしも藩閥の専制を排斥せず、道理よりはむしろ利益を重んずることこの論派の特色なりき。かの「実力は道理を造る」と言う
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