法制のごとき、裁判のごとき、兵馬のごとき、租税のごとき、およそこれらの事物はみな本来において国民全体に属すべきものとす。しかるに昔時にありてはかかる事物みな国民中の一部に任してその私領となせり。これ国民統一の実なきものなり。国民論派は内部に向かいてこの偏頗および分裂を匡済せんと欲す。されば国民的政治とはこの点においてはすなわち世俗のいわゆる輿論政治なりと言うべし、「天下は天下の天下なり」と言える確言をばこれを実地に適用し、国民全体をして国民的任務を分掌せしめんことは国民論派の内治における第一の要旨なりとす、この理由によりて国民論派は立憲君主政体の善政体なることを確定す。
   国民論派と他の諸論派
〔第一〕国民論派は立憲政体すなわち代議政体を善良の政体なりと認むれども、その善政体たるゆえんはまったく国民的統一をなすの便法たるをもってなり。他の政論派はみないわく、「代議政体はもっとも進歩せる政体なり、文明諸国において建つるところの文明政体なり、十九世紀の大勢に適応する自由政体なり、ゆえに日本もこの大勢に応じて東洋的政体を変改すべし」と。国民論派もまたその然るを知る。しかれどもかかる流行的理論を趁《お》いて軽々しく政体その他の変改を主張することは国民論派のあえてせざるところなり。何となればこの論派はいたずらに改革そのものを目的とするにあらず。しかしてむしろ改革より生ずべき結果を目的とするものなればなり。
〔第二〕国民論派は立憲政体をもって最終の目的となすものにはあらず。これまた他の政論派と大いに異なるところの一点なり。他の論派は進歩主義の名をもって立憲政の施行を主張し、自由主義の名をもって代議政の設立を主張す、しかれども国民論派は国民的任務を尽くさんがために国民全般にこの任務を負わしめんことを期し、この期望よりして代議政体の至当を認む。代議政すなわち立憲政は他の論派にありては最終の目的なれども、国民論派にありては一の方法たるに過ぎず。しからばその目的はいかん、いわく、「国民全体の力をもって内部の富強進歩を計り、もって世界の文明に力を致さんこと」これその最終の目的なり。ゆえにこの論派は国家または個人の観念を取りてその一方に偏依するがごときことあらず。国の情態に応じ国家の権力と個人の権利とを調和し、これをして偏依の患なからしめんことを期す。何となればその偏依あるいは自由を破滅し、あるいは秩序を紊乱《びんらん》し、しかして国民的統一を失えばなり。
〔第三〕国民論派は社会百般の事物についてのごとく、政治法律の上についても国民的特立を必要の条件となす。けだしこの論派はつねに史蹟を考量の中に算え各国民の間に制度文物の異同あることをば確認せり、しかのみならず強固なる国民はその一国民たるの表標として特別の制度を有するの至当なるを確認せり。このゆえに代議制度はもと泰西より取りきたるにもせよ、一旦これを日本に移植する上は必ずこれに特別の色容を付し、日本国民とこの制度との密着を図らざるべからず、これまた国民論派の他論派に異なるところの特性なり。元来代議政体は英国をもってその創立者となす。しかれどもこれを仏国に移したる後はついに仏国的色容を帯び、これを独国へ移したる後はまた独国的色容を帯ぶ。しかしてその代議制度たるゆえんに至りてはみな同じ、国民論派は立憲政体を日本的にして世界中に一種の制度を創成せんことを期するものなり。
   国民論派の内政旨義
 立憲政体に対する国民論派が他の論派と異なるところの諸点は以上に述べたるがごとし。要するに国民論派は単に抽象的原則を神聖にしてこれを崇拝するものにあらず。まず国民の任務を確認してこれに要用なるものを採択し、もって国政上の大旨を定むるものなり。自由主義は個人の賦能を発達して国民実力の進歩を図るに必要なり、平等主義は国家の安寧を保持して国民多数の志望を充たすに必要なり、ゆえに国家論派はこの二原則を政事上の重要なる条件と見做す。あえてその天賦の権利たりまたは泰西の風儀たるがゆえをもってするにはあらざるなり。専制の要素は国家の綜収および活動に必要なり、ゆえに国民論派は天皇の大権を固くせんことを期す。共和の要素は権力の濫用を防ぐに必要なり、ゆえに国民論派は内閣の責任を明らかにせんことを期す。貴族主義は国家の秩序を保つに必要なり、ゆえに国民論派は華族および貴族院の存立に異議を抱かず。平民主義は権利の享有を遍《あまね》くするに必要なり、ゆえに国民論派は衆議院の完全なる機制および選挙権の拡張を期す。個人の力を用いてあたわざるものには干渉もとより必要なり、国家の権を施して反りて害あるものには自治もとより必要なり。国民論派はあえて抽象的理論を藉《か》り、もって一切の干渉を非し、また一切の自治を是とするものにあらず。要は国民の統一お
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