とほとんどかのルーソーの『人間不平等原因論』に似たるものあり。またその法原の章にいわく、
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 ここに人あり、同類相集まり同気相求め一地に拠りてもって生業す、これを国という、しかして国人みなその幸福を享けんと欲すれば、必ず相利して相害せざるの理によらざるを得ず、これを倫理という、倫理すでに明らかなり、これを文に掲げもって国家の大法を定め、もってこの民の幸福を保つ、これを法憲という。
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 法憲を解することかくのごとにして、しかして不正の法、不能の人を説きて以為らく、「その法を犯さざればその身を安んずるあたわず、その人を去らざればその命を保つあたわず、これ人その人にあらず、法その法にあらず」と。なお一歩を進めていわく、
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 このゆえに国を治むる必ずその法ありて後にその人あり。必ずその職ありて後にその権あり。その人のあるゆえんのものは何ぞや、民人これを許せばなり。その権あるゆえんのものは何ぞや、民人これを托せばなり。〔中略〕国君自ら貴きあたわず、その貴きゆえんのものは民人これを愛せばなり、それ民人のその君を愛するゆえんのもの豈にひとりその君に私するものならんや、また自らその性命を愛し自らその幸福を望めばなり。
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 これによりてこれを見れば自称保守論派の論旨は泰西学者の社会契約の論に近似し、ほとんどかの自由論派または改進論派の上に凌駕するの進歩主義なりと言うべし。
 彼また主義の章において以為らく、「諸法己によりてもって生ず、ゆえに自由と謂い、諸法己によりて存す、ゆえに自主と謂う、自由なるものは身心の主にして彼我の性法なり、自由なるものは世間の義にして自他の常情なり」云々と。これ人民の自治を説きもって立法の一人に私定すべからざるゆえんを言うなり。しかしてこの政論派は立憲政体の至当を認め自由制度の至理を認め毫も旧時の慣例に固着するところあらず、しからば自ら保守と称すといえどもその実はむしろ激烈なる進歩主義と言わざるべからず。しかれどもその自由自主の理を推してもって痛くかの欧化主義に反対して自ら保守論派と称し、つねに儒仏の道を唱えて妄《みだり》に泰西の学説を口にせざるがゆえに、俗人は誤りてこれを保守論派と名づけたるに似たり。名実の相合せざるや誠にかくのごときものあり。世に一家の見識なくわずかに泰西旧学者の説を借り来たりて陳腐の政論を綴造《ていぞう》し、自ら称して自由論派または進歩論派となすものあり。かくのごときものはこの保守論派に対してはなはだ慚色なきあたわざるべし。ただ泰西事物の名をもって斬新の標章となし、東洋の事物を挙げて取捨なく排棄するの時代においては、これらの無識者流もまた時好の厚遇するところとなるのみ、滔々たる社会豈に他の理由あらんや。
 吾輩は政論考を草して保守中正論派に至り、編を重ぬることすでに十七、最後において吾輩の持説たる国民論派を略叙せんと欲す。吾輩はここに至るまで実にまったく批評家たるの地位に立てり。しかれども国民論派を吟味するに当たりては理において自らこれが批評家たるあたわず、むしろその説明者または代表者となりて順当にこれを述べざるを得ず。保守論派と国民論派とは欧化時代においてともに現出したりしといえども、元来この二派はもと同根のものにあらず、その欧化主義に反対するや、保守論派は自主自由の理をもってその論拠となし、しかして国民論派は国民の天賦任務をもってその本となす。一は主として国の権理を全うせんがために起こり、他の一は権理を重んぜざるにあらざるもむしろ国の義務を全うせんがために起これり。二者もとより反対にはあらざるも、その差違を言えばややかくのごときものあり。吾輩は保守論派をもってこの篇の終尾となし、さらに「国民論派」と題してこれが補遺とし、もって政論考を完了せんと欲す。

     第六 国民論派

   国民的精神
 国民的精神、この言葉を絶叫するや、世人は視てもってかの鎖国的精神またはかの攘夷的精神の再来なりとなせり。偏見にして固陋《ころう》なる者は旧精神の再興として喜びてこれを迎え、浅識にして軽薄なる者は古精神の復活として嘲りてこれを排したり。当時吾輩が国民論派〔あえて自らこの名称を取るにあらず、便宜のため仮りにこれを冠するのみ〕を唱道するや、浅識者、軽薄子の嘲りを憂えずして、むしろかの偏見者、固陋徒の喜びを憂う。何となれば国民論派の大旨はむしろ軽薄子の軽忽に認むるかの博愛主義に近きところあるも、反りて固陋徒の抱懐する排外的思想には遠ざかるをもってなり。吾輩は今ここに国民論派を叙するに当たり、かの軽薄子のため、またはかの固陋徒のために、まず泰西において国民的精神のいかにして発達せしかを略説すべし。
   泰西国民精神
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