実を観察するときは、甲種の論派に入るもの豈に必ずしも勤王愛国の士のみならんや、あるいはふたたび元亀天正の機会を造り、大は覇業を企て小は封侯を思うものなきにあらず。乙論派を代表する者といえどもまた然り、世界の大勢に通じ、日本の前途を考え、もって世論の激流に逆らうものは傑人たるを疑うべからず、しかれども、皇武合体を唱うる者あるいは改革に反対する守旧の思想に出でたるあらん、開港貿易を説く者あるいは戦争を厭忌する偸安《とうあん》の思想に出でたるあらん。吾輩はこの点において古今政界の常態を知る、その心情を察せずしていたずらにその言論を取り、もって政界の論派を別つはすこぶる迂に似たり、しかりといえども当時に若干の同意者を得て、世道人心に感化を及ぼしたる説は、その原因のいかんを問わず、吾輩はこれを一の論派として算列せざるを得ず、けだしまた人をもって言を廃せざるの志なり。
 政治思想を言論に現わしてもって人心を感化するものは政論派の事なり、政治思想を行為に現わしてもって世道を経綸するは政党派の事なり。日本は今日まで政論派ありといえどもいまだ真の政党派はあらず、その名づけて政党と称するはみな仮称なり。吾輩はこの標準によりて本編を起草せり、ゆえに当時に在りて自ら政論家をもって居らざる人といえども、その説の多少政論に影響を及ぼしたる者は、あえて収めてもって一政論派の代表者となす。家塾を開きて業を授くる者あるいは必ずしも政論を教ゆるにあらず。しかれどもその門人にして政論に従事するあれば、これを採りて一の政論派となす、著書を出版して世に公売する者あるいは必ずしも政論を弘むるにあらず、しかれどもこの著書にして政治思想に感化を及ぼしたるあれば、これを採りて一の政論派となす、講談会を開き新聞紙を発する者必ずしも政論をもっぱらとするにあらず、しかれども世の政論に影響を及ぼしたるの跡あるものはこれを採りて一の政論派となす。しかしてかの自ら政党と称し政社と号するもののごときはもとより一の政論派たらざるべからず、思うにその目的は政論を弘めて人心を感化するよりも、むしろ一個の勢力を構造して諸種の欲望を達するにあるべし、しかれども吾輩はその裏面を見ることをあえてせず、ただ生平その機関たる新聞雑誌に言うところの政議を採りてこれを一の論派と見做《みな》し去らんと欲するのみ。
 西人の説を聞き、西人の書を読み、ここより一の片句を竊《ぬす》み、かしこより一の断編を剽《けず》り、もってその政論を組成せんと試む、ここにおいて首尾の貫通を失い左右の支吾をきたし、とうてい一の論派たる価値あらず、かくのごときもの往々その例を見る。しかりといえどもこれ近時の政界に免るべからず、吾輩はほぼその事情を知れり、維新以来わずかに二十有三年、文化の進行は大長歩をもってしたりというといえども、深奥の学理は豈に容易に人心に入るべけんや、かつ当初十年はまさに破壊の時代にあり、旧学理すでに廃して新学理いまだ興らず、この間において文学社会も世潮渦流の中に彷徨す。幕府の時代にありて早くすでに蘭学を修め、一転して英に入り仏に入る者は、実に新思想の播布にあずかりたるや多し、しかれども充分に政理を講明して吾人のために燈光を立てたる者は寥々たり、けだし中興以来の政府は碩学鴻儒《せきがくこうじゅ》を羅し去りてこれを官海に収め、かれらの新政理を民間に弘むることを忌む。これまた一の原因たらずんばあらず。しからば政論派の不完全なるものあるまた怪しむに足らず、不完全の論派といえども人心を感化するものは吾輩これを一の論派として算《かぞ》えざるを得ず、時としては主権在民論者も勤王説を加味し、時としてはキリスト崇拝論者も国権説を主張す、しかして世人これを怪しまず往々その勢力を感受す、これわが国において一の論派たるに足るものなり。

    第一期の政論

     第一 国権論および富国論

 大革新大破壊の前後には国中の士論ただ積極と消極の二派に分裂するに過ぎず。いわく攘夷論、いわく開港論、二つのものは外政上における常時の論派なり。いわく王政復古、いわく皇武合体、二つのものは内政上における常時の論派なり。封建時代の当時にありて、国内諸方関険相|隔《へだ》ち、交通の便否もとより今日と日を同じくして語るべからず、したがって天下の人心はおのおのその地方に固着し、国内いまだ統一するに至らず、しかして士論の帰するところただ両派に過ぎざるは何ぞや。思想単純の時代というといえども、一は安危の繋がるところ小異を顧みるに遑《いとま》あらざるがゆえにあらずや。すでにして攘夷論は理論上においてのみならず実行上においてもまた大いに排斥せられ、世はついに開港貿易説の支配するところとなれり。かくのごとく積極論派は外政上において失敗したりといえども、内政上には大
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