て乙は進歩派中の保守論者たり、何となればその論拠において異なるところあればなり。このゆえに政論の種類を知りその異同を弁ぜんと欲せば、まず政論の沿革変遷を通覧せざるべからず、いたずらにその名称を見てその実相を察せざるときは、錯乱雑駁なる今日の政界において誤謬に陥らざることほとんど希《まれ》なり。
名実の相合せざるや久し、風節の衰うるまた一日にあらず、儒名にして墨行、僧名にして俗行、自由主義を唱道してしかして密《ひそ》かに権略を事とする者あり、進歩主義を仮装してしかして陰に功利を貪る者あり、理よろしく永久平和を唱うべき者また国防論を草するあり、理よろしく一切放任を望むべき者あえて官金を受くるあり、名目の恃《たの》むに足らざるやかくのごとし。この時に当たりて良民それいずくにか適従すべき、思うにその岐路に迷う者すこぶる多からん。店に羊頭を掛けてその肉を売らんというものあり、客入りてこれを需《もと》むればこれに狗肉《くにく》を与う、知らざる者は見て羊肉となし、しかして恠《あや》しまず、世間政論を業とする者これに類すること多し。
帝国議会の選挙すでに終りを告ぐ、立憲政体は一、二月を出でずして実施せられん、世人の言うがごとく今日は実に明治時代の第二革新に属す、いかにしてこの第二革新は吾人に到着せしか、必ずそのよりて来たるところあるや疑いなし。天皇の叡聖にしてつとに智識を世界に求め盛んに経綸を行なわせたまうによるというといえども、維新以来朝野の間に生じたる政論の運動はあずかりて力なしというべからず。日本の文化はつねに上よりこれを誘導す、政論の運動、すなわち政治思想の発達は明治政府実にこれを誘起したり、しかれども維新以後の人民たる吾人は内外交通開発の恵みを受けて自ら近世の政道を発見し得たること少なしとせず、しかして今やよく立憲政体と相|支吾《しご》することを免る、これ吾人のいささか世界に対して栄とするに足るものなり。
吾人はすでに若干の思想を有す、しかれども今日まではただこれを言論に発するを得るのみ、これを実行し得ることは今日以後にあり、今日以後はこれを実行し得るの途を有す、しかれどもはたしてこれを仕遂ぐるや否やは逆《あらかじ》め覩《み》るべからず、かつただこれを言論の上に発せんか、利弊いまだ知るべからず、しかれどもこれを実行の途に置くときはいかなる効果を生ずべきか、一念ここに至らば吾人は生平|抱《いだ》くところの思想に再考を費やすべきものあらん。上智の人はしばらく措き、中人以下に至りては必ず先入を主となすの思想を有す、しかれどももし自他の思想を比較し今昔の変遷を考量するときは、あるいはもってようやく己れの誤謬を知るを得べく、あるいはもっていよいよ己れの真正を確かむるを得べし、しからば吾輩のここに『近時政論考』を草する豈に無用の業ならんや。
世に政党と称するものあり、今回当選の幸を得て帝国議会の議員となる人々は往々この党籍に在り、かかる人々はみな政事上に定見ありてもって党籍に入るものならん、しかしてその定見が必ず党議と相合するものなるべし、帝国議会の一員となれる人は豈に羊頭を見て狗肉を買うものあらんや。しかりといえども水の微冷なるものを見て湯と誤り湯の微熱なるものを見て水と謬ることはすなわちあるいはこれなしと言うべからず。いわんや、世に頑愚固陋の徒あり、衆民多数の康福を主張するを指して叛逆不臣の説となす、世に狡獪|姦佞《かんねい》の輩あり、国家権威の鞏固《きょうこ》を唱道するを誣《し》いて専権圧制の論となす、大識見を備うる者にあらざるよりは、それよく惑わすところとならざらんや。吾輩はあえて議員諸氏に向かいてこの編を草するにあらず、世の良民にして選挙権を有し読書講究の暇なき者のためいささか参考の資に供せんと欲するのみ。その選出議員が実地の問題に遭いて生平の持説に背くことなきか、選挙人たる者、沿革変遷の上より今日世に存する政論の種類を考え、もって選出議員の言動と比較せよ。
吾輩は昨年のはじめ旧『東京電報』紙上において「日本近世の憲法」を草し、もっていささか維新以来政府の立法的変遷を略叙せり、今や議会まさに開け民間人士の実地に運動せんとするに際し、この編を草してもって民間の政論的変遷を略叙す、また時機に応じて前説の不足を補わんと欲するの意なり。
天下もとより同名にして異質なるものあり、その原因を殊にしてしかしてその結果を同じくするものまた少なしと言うべからず。昔討幕攘夷の論盛んに起こるや、全国の志士群起してこれに応ず、これに反対して皇武合体を唱え開港貿易を説く者、少数といえどもなお諸方に割拠してもって一の論派たることを得たり。当時この二論派は実に日本の政界を支配したるものにして、百世の下、史乗にその跡を留む。しかれども今日より仔細にその事
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