て算え来たれるゆえんなりとす。
 氷にあらずしてなお冷やかなるものあり、火にあらずしてなお熱なるものあり、今火ならざるをもって熱にあらず、氷にあらざるをもって冷にあらずと言う、これ粗浅の見たるを免れず、吾輩は最初においてこの事を一言せしはこれがためなり。血をもって民権を買うべしとの論派と、民権の中に幾分か叛逆の精神ありとの論派と、その間の距離|幾許《いくばく》ぞや。しかれども立憲政体を立てて民権を拡充すとの点においてはいずれも同一なり。民権を唱道するにおいては同一なれども、かの普通選挙一局議院を主張したる論派と、英国風の制限選挙二局議院を主張したる論派とははなはだ径庭あり。吾輩が当時の論派を一括して民権論派となし、むしろこの時代を称して民権論の時代となすはこれがためのみ、しかしてこの時代は西南戦争によりてとみに一変したるを見る。

    第三期の政論

     第一 国会期成同盟

 兵馬の争いは言論の争いを停止するの力あり、鹿児島私学校党の一揆は、ただに当時の政府を驚駭せしめたるのみならず、世の言論をもって政府に反対する諸人をも驚かし、一時文墨の業を中止して投筆の志を興さしめたり。吾輩はこの期節をもって近時政論史の一大段落となす。しかして第三期の政論を紀するに先だち、ここに当時以後の政論に関し一言し置くべきことあり。何ぞや他にあらず、政事に係る新思想はこの変乱によりてほとんど全国に延蔓せしことこれなり。当時に至るまで政論を唱えたるものは主として東京にあり、かつ民間にありて政論に従事せしものはおもに旧幕臣または維新以来江戸に居留せし人々に係る、地方土着の士人に至りてはなお脾肉《ひにく》の疲《や》せたるを慨嘆し、父祖伝来の戎器《じゅうき》を貯蔵して時機を俟《ま》ちたる、これ当時一般の状態にあらずや。試みに全国を大別してこれを観察せんに、新しき政事思想を抱きて国事を吟味するものは文明の中心たる東京をもって本となし、これに次ぎたるは第二の都府とも称すべき大阪を然りとす。大阪は商業の地なり、何故に政事思想はこの地に発達せしか、いわく土着の人民然るにあらず、土佐人の出張所あるをもってなり。
 さきに民選議院論を唱えたる政事家の一人板垣退助氏は時の政府に不平を抱きてその郷里土佐にあり、薩摩の西郷とともに民間の勢力をもちたるがごとし。当地その同論者たる江藤氏は佐賀の乱に殪《た
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