式に分けてみようといった手合とか、或はどこかに製作費を出すような莫迦《ばか》息子はいないものかと、首をひねり合うちょび髭を生やした映画不良やら、何かこそこそと隅っこで企《たくら》み合う金山ブローカー達、原稿用紙の束を片手に持って歩かねば芸術家でないと思い込んでいる低級な文学青年、そういった連中ばかりだが、さすがに彼等も二三時間以上も頑張っておれば、話題は尽き頭も疲れていた折なので、突然玄竜が現われ美しい女流詩人と向い合うようになったことは、確かに興味深いことに相違なかった。京城の文化社会で誰一人知らぬものはない二人が偶然そろいもそろって対坐した訳である。それに文素玉は玄竜にとっては単なる女流詩人ではないということも、彼等はよく知っていたのである。
「今日は又どうなさいまして」
 彼女はわざと恥らうように口元へハンケチをあてがった。
「実は――ヘーノイエ・シュタット(新町)に行って来たんですよ」と云って、玄竜はいかにも好奇心をそそるようににやにやと笑いを浮べた。むろん女流詩人はそのドイツ語の意味を知るよしもなかったので、
「え?」
 と目を丸くするや、彼はいよいよ得意げに腹の皮をよじらせつつ笑うのだった。そして又思い出したようにふふふと笑った。頽廃のかげりを宿した彼女の頬には紅潮がほんのりとさし現われ、ちぢれた前垂れの髪はゆらぐかの如く見えた。玄竜は急に痙攣でも起したように強ばって、ぐっと食い入る目附で彼女の顔を凝視した。
 軽薄な女流詩人文素玉は玄竜をこの上もなく尊敬しているのだった。彼はいみじい詩の言葉、ラテン語やフランス語を知っているばかりか、彼女の好きなランボウやボードレールともただ国籍を異にしているだけに過ぎないと彼女は固く信じている。玄竜は又自分でもそう嘯《うそぶ》き廻っていた。何しろ彼女は詩人としてもランボウの詩を幾つかもじってみた位のところであるが、それを玄竜が二三流の雑誌に担ぎ上げて彼女の美貌と共にその前途を謳《うた》ったのだ。彼女がすっかり詩人になった気取りで、人の出版記念会とやらにはどういうことがあっても出席するようになったのも、それ以来のことである。彼女が目もまがうようなあでやかな姿で会場に現われると、玄竜は何時もぶるっと立ち上ってこっちへ、こっちへいらっしゃいと自分の傍へ連れて来るのだった。彼女も所詮は現代の朝鮮が生み出した不幸な女性の一人で
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