から急に金切り声で叫び出した。
「おばさん出て行って下さい。……隠れて下さい!」
「誰も来やしねえだよ、誰も見えやしねえじゃねえか」老婆は悲しそうに泣き声をしぼった。
 私は忍び足で戸口を出て来たがどうしたのか汗がびっしょりだった。その時私は誰かの小さな影が廊下のかどを慌てて横ぎったように思った。誰かははっきりと見分けがつかなかったが、おや、ほんとうに春雄ではなかったのかという考えがさっとひらめいた。私は急いでその曲り角まで行くと不審そうに辺りをながめた。果して私の推測は間違いではなかった。二階へ上る階段の裏側の薄暗い隅の方に、山田春雄が射すくめられたように身を隠したまま目を光らしていたのである。
「どうしたんだね」私は近寄って行った。
 慌てて彼は首を振った。そしておびえたようにますます隅の方へ尻ごみした。何か隠し物でもあるのか、右の手を後の方へぎゅっと廻して放さなかった。今に悲鳴でも出しそうだった。
「母ちゃんの見舞に来たんだね」私は喉元が熱くなるのを感じながら云った。非常に感動したのだった。「母ちゃんは今も君が見たいと云っていたよ」
 彼は一層強く首を振った。私は不満な気持になっ
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