はどうしたことか、かっとなって呶鳴《どな》った。確かに私は彼の出現に戸惑いしたのであろう。
「山田はこのひどい雨の中にやって来たんです。そして帰るに帰る所がないんだ」
「誰が帰る所もないと云うのです? あの気の毒な婦人こそそうです。今の餓鬼は自分のおやじの所へ行けばいいんだ。ああ呪われろ、悪党奴!」それから急に彼はへなへなになって哀願するように啜り泣いた。「どうして先生はあの気の毒な婦に対して同情しないんです。あの可哀そうな婦のことを考えないのです……」
「どうか止めてくれ」私は頼むように云った。私の言葉はふるえていた。どうしていいのか頭がくらくらして分らなかった。
「先生……」
「止めてくれんのか!」私は突然断末魔のような叫び声を上げた。気まで狂いそうだった。
彼はよろよろと立ち去った。私は激しい格闘でもした人のようにぐったりとなって壁によりかかった。
勿論私は純情な李を理解することが出来るのだと自分に云った。過去において私自身もそういう時期をとおって来たからである。だが私はその次の瞬間、自分が現在は南《みなみ》と呼ばれていることがじーんと電鈴のように五官の中へ鳴り響いて来るのを
前へ
次へ
全52ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
金 史良 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング