。昨年の夏帰った時には、庭一杯に色とりどりの花が咲き乱れ、塀のぐるりには母の植えたという林檎の苗木や山葡萄《モルグ》の蔓《つる》がひとしお可憐だった。それに玄関際の壁という壁にはこれから背伸びしようとするつた[#「つた」に傍点]が這い廻っていた。秋に入りかけ花盛りが過ぎ出した頃、コスモスをもう少し咲かせればよかったのに、それが気付かなかったのだと、母や妹は済まなそうに云っていた。私がそれ程の花好きというのでもないのに。母ももう年を取ったものだと思う。そして帰る度毎に、気力や精神が衰えているように思われて悲しい。六十をこえると老い方も一層早いのだろうか。
 殊に昨年はコスモスの咲き出す頃、すぐ上の姉|特実《トクシリ》が亡くなった。三十という若い身空で、子供を三人も残してはどうしても死にきれないと云いながら、基督教聯合病院の静かな部屋で息を引取った。その死は今思うだに悲痛なものに感じられてならない。それを書くには今尚私の心の痛みがたえられそうもない気がする。彼女は私のはらからの中では一等器量がよくて、心も細やかであり明朗でもあった。父が母と違って絶壁のように保守的で頑固なために、幾度母に責
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