そのモデリング(丸味凹凸の調子)は又不思議である。微妙なそのふくらみは陰影と明るみとの不思議に微細なテクニツクによつて織り出されてゐる。その調子はどこ迄もやはらかい。その明暗は、微妙にとけ合つて、細かな凹凸が描けるが如く、描かざるが如くに表現されてある。そしてその味は又一種の荘重である。
 この手とともに、余はレオナルドの足の素描《すがき》を思ひ出す。これは、聖アンナとマリアと幼キリスト、幼ヨハネを描いた画の下画のための足で、やはり婦人の足であるが、これは素描《すがき》を以て、このモナリザ夫人の手と同じ様な微妙で幽玄で荘重の気持が表現されてある。
 このモナリザ婦人の画を、或る人々は肉感的であると云ふ。しかし、この画は見るものに只肉感だけを与へるものではない。
 この画には一面さういふ、肉感的と云はれる様な或る感じがある事はある。その謎の笑ひも、決して浄きものゝ浄き喜びではない。しかし、それは、不浄なるいやしい笑ひでは更にない。その手は、神を拝する手ではない。その手には、あたゝかい血と肉が不思議に動いてゐる。しかしその感じには少しの不浄とか肉慾の気持はない。
 モナリザの肉感は、犯し
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