「自然の美」でありその表現の写実の道である。かくて写実の道は芸術の域を広め深め美を複雑にした。装飾の美術ばかりの時代には知らなかった美を微妙な自然の線の中に見たり色の中にみたりした。しかしこれは終《つい》に内なる装飾の発育に過ぎない。自然を人が美くしいとみる事は、その瞬間に内において世界を装飾化した事であり、肯定した事であり、その表現はその証拠であり確定である。
しかし美術の上においては自然の形象に即して美(装飾)を見てそれを追求するものを写実といい内の無形の美を主として自然の形は想像的にこれをかりてそれによって内にうごめくものをあらわすのを想像または装飾の道という。ともにその根元は「内なる美」(装飾)だけれど、追求のしかたが違うのである。
将来の日本画はこの装飾または想像の美術の上に生かされるべきである。ただ装飾といっても人々のすぐ思うような模様化されたものではない。例をとっていうと、日本の古典や仏像には美くしい想像と装飾がある。人々が装飾的だと思う光琳《こうりん》などは僕の目には本当の装飾の感じをうけない。形式がいやに目について装飾の感じは来ない。装飾の感じは線や何かが有機的に生かし合っている、そして如何にも精神を以てこの世界を飾るという感じがする。ウィリアム・ブレークやシャバンヌなども装飾的だ。ブレークの描く人間の形は布局の線のための形だ。その表情から来る想像の力をぬかせば。
こういう内容の一部を生かすのには日本画法はよい手法である。花鳥でもいい人物でもいい風景もよかろう。写実に行かずとも充分に内から湧《わ》く美で形を与える事の出来る内容(即ち内なる美)を取る人が執るとあの資料はたしかに世界に特殊な美を生んでくれると思う、昔の日本画にはそういうものがわりに沢山ある、いろいろの程度で。
或る個性が特に日本画ばかりかくのもよかろうし、洋風の画家が或る時の内容を日本画法によって生かすのもいい。西洋にもエッチングのみやる人と、彩描のかたわら或る内容をエッチングで表す人との二種があるように。
しかしここに殊に注意したいのは、一般的に見て、そういう装飾の道を通る個性は、写実の道を通る個性より少いのが本当だという事である。前にもいった通り美術の元は装飾だが、それが模造(写実)の本能と一致して更に芸術として立派に発育したものなのだから。画家となるという事は、太古から、ものの形を写す事と同じといっていい位の意味になっている。古来美術の堕落期は常にこの写実が装飾の柵《さく》を越えて主客が転倒した時であるが、それほどに画とは物を写す事と思われ、また事実、画家は物象の形によって内なる美を先《ま》ず醒《さ》まされるのが多い。恐らく十中八位までそうで少数の異例が夢幻的な美を幼い時から内に感じるのである。
かくて一般的には写実の道を執るのが自然である、昔の日本画の中にも写実を欲する意志はみえる。しかしそれ以上に伝統的に立派な装飾的要素があるので、不自由な画具に早く諦《あきら》めをつける事が出来たのだ。しかしこの事は殆ど無自覚的にされていた事なので、時とすると不知不識《しらずしらず》の間にしなくてもいい写実に引っかかって物の表相に捕《とら》われ無駄な力を入れ、出るべかりし美をこわしている例などが多い。円山応挙《まるやまおうきょ》などはそのあわれなる犠牲者の一人と見ていいと思う。錦画《にしきえ》なども初期のものは、写実に捕われず線の美などを主としたから美くしいが、明治初代のものなどになるほど、妙に自然派らしい写生に捕われたりして低級なものになっているのはその一例である。
とにかく古《むかし》は画具などの不自由から、写実の道はどうしても発達し切れないので、強く欲しつつその不足を皆が皆装飾によって足していた。この意志は日本画の歴史を見ると解ると思う。古《むかし》でも画を讃《ほ》めるのに、「美くしい」といってほめる人より、「実物の通り」といってほめる人が多かったに違いない。今見るとこれが本物の通りにみえたのかと思うほど写実とかけはなれた物にそういう賞讃の伝説がのこっているものが多い。これはつまり、その「美」や生きている感じが人を撃つのを、画は写実だという頭からよく出来たというかわりに本物の通りといわれたものであろう。
かくて、画家は少くもその八分通りまでは本来は写実につくべきである。今の日本画家たちも、本来は早くその日本画具を捨てなくてはならぬ連中なのである。もし通俗作家になるのがいやなら。世間的では満足出来ない人であるなら、そして画具に奉公する気でないなら。
しかし、自分は、彼らがたとえ日本画をすて、洋画をとったとて、其処《そこ》から本当の写実が生れるかどうかは決して保証する勇気を持たない。しかし、あるいは有望な人もあるかもしれない。そうい
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