ら1字上げ]九月二十二日
今ははや望みもなしと諦めて明日ともなればはや忘れつつ[#地から1字上げ]九月二十五日
枯れし身にはや甲斐なからむとけふよりは灸することも思ひとまりつ[#地から1字上げ]九月二十九日
小さなる蚤一つ這へば感じたる皮膚もたるみて鈍りはてつつ[#地から1字上げ]十月二日
けふはしも老いらくの身の尚ほ生きて治安維持法の撤廃にあふ[#地から1字上げ]十月五日
十余年会はざりし人のとめ来たりわがすがた見て涙をこぼす[#地から1字上げ]十月十二日
湯ぶねにて病みほほけたる我を見て感慨無量と人くりかへす(この春銭湯に浴せしが、生涯にての最後となるらし。けふその日のことを思ひ出でて)[#地から1字上げ]十月十二日
身をちぢめふせゐる我を憐みて秋の夕日の枕べにさす(はや寒さを感ず)[#地から1字上げ]十月十二日
この冬は越えがたからむいざ急ぎ書きたきことも書きてしおかむ
この冬は越えがたからむ食べたしと欲りするままに物も食《を》しなむ(元気またなく、やはり駄目かなと思ふ)
[#地から1字上げ]十月十三日
いのちありて白昼赤旗ひるがえる日にも遇ひけりいのちなるかな[#地から1字上げ]十月十四日
越ええじと恐れゐる身にひにけにも今年の冬の近づきてくる
天もしもいのち許さば願は今一しほの力をもたべ
[#地から1字上げ]十月十五日
ふるき友おほかたはみな土となりよわき我のみ今日の日にあふ
十幾年たたかひぬきし同志らの顧みくるる老いらくの身
[#地から1字上げ]十月十五日
ひとたびはあきらめはてし我なれどしがみつきても今は生きなむ[#地から1字上げ]十月十五日
ひとりわれ昂奮しつつ老妻はかなしみなげく時のまた来ぬ[#地から1字上げ]十月十八日
あやしげの飯《いひ》をはみつつあやしげのいのちつづくる今の世の人[#地から1字上げ]十月二十一日
世を忘れ世に忘られし柴のとに世の波風のまた立ち寄するかな[#地から1字上げ]十月二十二日
游ぐこと巧ならざる人はみな飢えてかつえて死ぬべかりけり
京に来て七条に住めこのあたり人情あつく太古に似たり(十月二十三日、小林輝次君失業せる由を聞きて)
つとめなば尚ほ生きなむとつとめよとくすしの言葉杖とたのみつ[#地から1字上げ]十月二十三日
時にあひ心はやれどむなしくもひねもすいねて筆もとりえず[#地から1字上げ]十一月二十五日
[#ここから4字下げ]
金子君の古稀を超えたまひしを祝して
[#ここで字下げ終わり]
やすやすと古稀の坂をしうちこえて尚ほ登りゆく君をことほぐ
大方の友はみな土となりて君のみひとり古稀を超えゆく
喘ぎつつ登りゆく我を顧みて高きにありて君さしまねく
[#地から1字上げ]十一月十八日
[#ここから2字下げ]
垂死の床にありて
[#ここで字下げ終わり]
久しくもやみこやす
わが魂の浮き沈み
今日にても
明日にても
早くぽつくりと死にたしと
思ふ日のあり
二年《ふたとせ》三年《みとせ》
尚ほ生きなむと
願ふ日もあり
[#地から1字上げ]十一月十八日
[#ここから2字下げ]
徳田志賀両君に寄す
[#ここで字下げ終わり]
牢獄につながるること十有八年
独房に起居すること六千余日
闘ひ闘ひて生き抜き
遂に志を曲げず
再び天日を仰ぐに至れる
同志徳田
同志志賀
何ぞそれ壮んなる
日本歴史あつてこのかた
未だ曾て例を見ざるところ
ああ羨ましきかな
ああ頼母しきかな
ああ尊ぶべきかな
これ人間《ジンカン》の宝なり
七十の衰翁
蕭条たる破屋の底
ひとり垂死の床にありて
遥に満腔の敬意を寄す
[#地から1字上げ]十一月二十一日
[#ここから4字下げ]
病床雑詠
[#ここで字下げ終わり]
遺憾なり半生の間鍛え来しつるぎ抜き得ず力しなへて
久しくも白虎に会はず青竜も薯蔓わづか三日に一銭
[#地から1字上げ]十月[#「十月」はママ]二十七日
枕べに人の侍りて筆とりて我が思ふこと誌しくれなば
ひねもすをいねつつくらす身とならば生き残るとて甲斐あらめやも[#地から1字上げ]十一月二十五日
〔昭和二十一年(一九四六)〕
[#ここから2字下げ]
同志野坂を迎へて
[#ここで字下げ終わり]
同志野坂新たに帰る
正にこれ百万の援兵
我軍これより
更に大に振はむ
刑余老残の衰翁
竜鐘として垂死の床に危坐し
声を揚げて喜ぶ
われもし十年若かりせば
菲才われもまた
筆を提げ身を挺して
同志諸君の驥尾に附し
澎湃たる人民革命の
滔天の波を攀ぢて
共に風雲を叱咤せんに
露のいのち
落ちなむとして未だ落ちず
幸にけふのよき日に逢ふを得たれども
身はすでに病臥久しき〔に〕亘り
体力ことごとく消え去り
気力衰へてまた煙の如し
遺憾なるかな
同志野坂
国を去りてより十有六年
万里を踏破して
新たに帰り来るの日
空しくわれ病床に臥して
思ひを天下の同志に馳せ
切にその奮起を祈つてやまず[#地から1字上げ]一月十六日
底本:「河上肇全集 21」岩波書店
1984(昭和59)年2月24日発行
底本の親本:「河上肇著作集第11巻」筑摩書房
1965(昭和40)年
初出:「河上肇著作集第11巻」筑摩書房
1965(昭和40)年
※底本では、題名の下に「昭和二十年五月十三日起筆」と書かれています。
※底本では、短歌に改行なしで続く括弧書きは、折り返し以降が1字下げになっています。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※〔〕書きされた部分は編集部が付したものです。本文内の〔〕は編集部の追加及び脱字を補ったもの、注記された〔〕は誤りを正したものです。
入力:はまなかひとし
校正:林 幸雄
2008年9月27日作成
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