は自然に任せむ」の小詩を
漢詩の形にて(定稿)
[#ここで字下げ終わり]
多少波瀾 多少の波瀾
六十七年 六十七年
浮沈得失 浮沈得失は
任衆目憐 衆目の憐むに任かす
俯不耻地 俯して地に恥ぢず
仰無愧天 仰いで天に愧づるなし
病臥及久 病臥久しきに及びて
氣漸坦然 気漸く坦然
已超生死 已に生死を超え
又不繋船 又た船を繋がず
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竹田博士に
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未央宮の古瓦にて作りし硯と称するを貰ひ受けて
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賜はりし未央東閣の瓦にて作りし古硯日々に撫でつつ
秘めおきし支那の古墨とりいだし未央の瓦硯磨りて楽む
家財みな焼け果つるとも硯のみあとに残らむわが形見とて
焼け死にてむくろもそれと分かぬ日はこの硯をぞ墓に埋めよ[#地から1字上げ]七月十三日
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石田博士に
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今一度ありし姿に帰らなと思へど覆水盆にかへらず
ももとせを生きよと君はのたまへど古稀の阪をも越えかねてをり
骨と皮残れるばかりのうつそみになほもひそめる貪慾のこころ
生きのびて何かあらむと思ひつつ尚ほ生きむとて食を貪る
声色の慾はすでに絶えたれど食慾のみは尚ほ御しがたき
世を忘れ世に忘らるる老人を君ならなくにたぞ顧みむ
賜ひにし分に過ぎたる御歌よみ恥ぢ入りつつもよろこびてをり
信じがたき人の言の葉信じつつ六十七年われ生きて来し
[#地から1字上げ]七月十四日
ともしびは消えなむとして消えもせずいつのゆふべか限りなるらむ
老いし人の歌こそよけれつくづくとしか思ふ日の多くなりぬる[#地から1字上げ]七月二十六日
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西賀茂太田氏本宅双鶴書院に五泊して
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「命のみ長くて老いゆく程に、世の中騒がしくなりて……恐ろしければ、北山のほとりの西賀茂といふ所ににげいりて 露の身をただかりそめにおかむとて草ひき結ぶ山の下かげ」(蓮月尼)
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われもまたこの山里に露の身をしばしおかなと思ひけるかも
来て見れば庭のたつみに茶室ありこの一間にぞ住まなと思ひぬ
世の中の恐ろしければと蓮月がうつり住みにし西賀茂の里
西賀茂のありあけの朝にたたずみて町に出でゆく牛車見る
有明の空に消えゆくひとときをあさげのけむり立つる家々
さわがしき警戒警報よそにして思
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