かばかり力うせにけむふみ見るすらもものうかりけり[#地から1字上げ]五月三十日
今ははや夕かたまけて蚊になやむ夏ともなりて病癒えざり
帰らじと思ひし旅ゆ帰り来てあはれあはれはや八年を経ぬる
いましばし生きながらへて世の様を寄る年波は見せずといふや[#地から1字上げ]六月十四日
今しばし生きてあらめと思へども寄る年波はかちがたきかな
わがいのち家苞となして帰りてゆあはれあはれはや八年を過ぐるか
けふこそは筆をとらなと思ひしに午をも待たで熱出でにけり
豆粕のこなをおやつに貰ひ受け喜ぶ孫ぞあはれなりける
心にも任せぬ身をし横へて夢に遊ぶや万里の空
[#地から1字上げ]六月十五日
井戸の底沈み果てつつ暮すとも生きてあらむとわれ願ひをり
頂きし君のみうたをよろこびてけふひねもすをうち誦じけり(石田博士へ)
もしも天われに許さば蒸したての熱き饅頭|食《た》べて死なまし
たのみにし夏はやうやう来ぬれどもわがいたつきは癒えむともせず
あづさ弓かへらぬ旅の門出かと谷底に落ちて骨を撫でをり
力なき身によぢ登るすべもやと谷底に落ちてひとりもがきつ[#地から1字上げ]七月四日
今ははや何事もみな成し了へて清く死ななと思ふばかりぞ[#地から1字上げ]七月五日
今はただひねもすいねて夢も見ず心しづかに死ぬ日待ちつつ
這ひ上がる力もなくて谷底に落ちゐて尚も谷底に生く
谷底にいねつついく日経ぬるらむなど思ひつつけふもいひ食《は》む
急変を好めるさがにさからひていとおもむろに死にて行くらし
今一度都門の外《と》に出でなむと望みし願ひ徒《あだ》なるに似たり
[#地から1字上げ]七月六日
[#ここから4字下げ]
夢
[#ここから5字下げ]
畑田君間もなく京に移らるる由を聞きしに、それも望みなきこととなり、同君より聞きし様々の好意をたよりに、いろ/\の夢を結びゐしに、みな真に夢と消え去りたれば
[#ここで字下げ終わり]
あはれ夢みな夢となり戦ひのやみなむ日まで君に逢へなく
空中の楼閣忽ち土崩瓦解して身は寄す孤舟万里の波
あはれ夢夢みな夢と消え去りて病みこやしつつ独りいねをり
夢多きわが身は夢の破るるに慣れてしあればかなしみもせず
よしやよし夢は破るとかなしまじ夢多きこそわがさがなれば
こりもせで夢破るれば新たなる夢に耽りてまた夢を追ふ
[#地から1字上げ]七月四日―十日
[#ここから2字下げ]
「生死
前へ
次へ
全13ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
河上 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング