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金子君の古稀を超えたまひしを祝して
[#ここで字下げ終わり]
やすやすと古稀の坂をしうちこえて尚ほ登りゆく君をことほぐ
大方の友はみな土となりて君のみひとり古稀を超えゆく
喘ぎつつ登りゆく我を顧みて高きにありて君さしまねく
[#地から1字上げ]十一月十八日

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垂死の床にありて
[#ここで字下げ終わり]
久しくもやみこやす
わが魂の浮き沈み
今日にても
明日にても
早くぽつくりと死にたしと
思ふ日のあり
二年《ふたとせ》三年《みとせ》
尚ほ生きなむと
願ふ日もあり
[#地から1字上げ]十一月十八日

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徳田志賀両君に寄す
[#ここで字下げ終わり]
牢獄につながるること十有八年
独房に起居すること六千余日
闘ひ闘ひて生き抜き
遂に志を曲げず
再び天日を仰ぐに至れる
同志徳田
同志志賀
何ぞそれ壮んなる
日本歴史あつてこのかた
未だ曾て例を見ざるところ
ああ羨ましきかな
ああ頼母しきかな
ああ尊ぶべきかな
これ人間《ジンカン》の宝なり
七十の衰翁
蕭条たる破屋の底
ひとり垂死の床にありて
遥に満腔の敬意を寄す
[#地から1字上げ]十一月二十一日

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病床雑詠
[#ここで字下げ終わり]
遺憾なり半生の間鍛え来しつるぎ抜き得ず力しなへて
久しくも白虎に会はず青竜も薯蔓わづか三日に一銭
[#地から1字上げ]十月[#「十月」はママ]二十七日
枕べに人の侍りて筆とりて我が思ふこと誌しくれなば
ひねもすをいねつつくらす身とならば生き残るとて甲斐あらめやも[#地から1字上げ]十一月二十五日

  〔昭和二十一年(一九四六)〕

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同志野坂を迎へて
[#ここで字下げ終わり]
同志野坂新たに帰る
正にこれ百万の援兵
我軍これより
更に大に振はむ
刑余老残の衰翁
竜鐘として垂死の床に危坐し
声を揚げて喜ぶ

われもし十年若かりせば
菲才われもまた
筆を提げ身を挺して
同志諸君の驥尾に附し
澎湃たる人民革命の
滔天の波を攀ぢて
共に風雲を叱咤せんに

露のいのち
落ちなむとして未だ落ちず
幸にけふのよき日に逢ふを得たれども
身はすでに病臥久しき〔に〕亘り
体力ことごとく消え去り
気力衰へてまた煙の如し
遺憾なるかな

同志野坂
国を去りてより十有六年
万里を踏破して
新たに帰り
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