オた。これがわれわれ両人の苦学法であった。」かくて螢雪《けいせつ》の功むなしからず、彼がわずかに二十一歳の青年をもって弁護士試験に及第するや、彼の叔父が骨身惜しまずかせぎためておいた数百ポンドの資金《かね》は、この時までに彼の学費のためすべて消費し尽くされ、現に彼はせっかく弁護士試験に及第しながら、法服新調の費用にさえ当惑したほどのありさまであった。まことにロイド・ジョージ自らの言えるがごとく、彼の叔父は、彼を教育するがために、彼の時と彼の精力と彼の金をばすべて費やし尽くしたのであった。
ロイド・ジョージ自らその少年時代の生活を顧みていう。
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We scarcely ate fresh meat, and I remember that our greatest luxury was half an egg for each child on Sunday morning.
(われわれはほとんど生《なま》の肉を食べたことはない。そうして私はよく覚えているが、われわれの最大のぜいたくは、日曜日の朝、皆が鶏卵《たまご》を半分ずつもらうという事であった。)
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