「う事は、それはわれわれの義務である。だから遊ぶのも御奉公の一つで、時によってはこのからだにも楽をさせぜいたくをさせてやらねばならぬ。しかしそれは私のいわゆるぜいたくなるものではない、必要である。遊ぶのではなくてお勤めをしているのである。
 私のいうぜいたくと必要との区別はほぼ以上のごときものである。してみると、貧乏人は初めからさしてぜいたくをする余裕をもたぬ者である。それゆえ私は、倹約論は貧乏人に向かって説くべきものではなく――少なくとも貧乏人に向かってのみ[#「のみ」に傍点]説くべきものではなくて、主として金持ちに向かって説くべきものだと信じている。貧乏人はそれでなくとも生活の必要品が不足して、肉体や精神の健康を害しているのに、そのうえへたに倹約を勧めると、全くしかたのないものになる。されば私がぜいたくをもって貧乏の原因であると言うのも、ぜいたくをする者はやがて貧乏になるぞという意味ではなくて、富裕な人々がぜいたくをしているということが他の多数の人々をしてその貧乏なる状態を脱することあたわざらしむる原因であるという意味である。この点から言っても、私の勤倹論は従来の勤倹論とその見地を
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