スト教の名において、早くこの法策を可決されんことを希望する」という一句は、私がすでに前回に掲げたところであるが、いかに国情にはなはだしき差異ありとはいえ、私はこのたいせつな事業が、わが国においていまだ私人の慈善事業としてだに人の注意をひくに至らざることを、いささか遺憾とする者である。
もしそれ食物給与の一事が、国民の体質改善の上に、はたしていくばくの効果あるべきと疑う者あらば、私はそれらの人々に向かって英国ブラッドフォード市における実験的研究の一斑を紹介してみたいと思う*。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
* Louise Stevens Bryant, School Feeding : Its History and Practice at Home and Abroad. Philadelphia, 1913.
[#ここで字下げ終わり]
先に述べたる英国の食物公給条例は、スイスのそれのごとき強制的の規定にあらずして、その実行のいかんは、これを各地方の自由の裁定に一任せしものである。さればブラッドフォード市においても、この条例の発布後、これに基づきて大規模の食事給与を始むるの前、まずこれが効果につき種々綿密なる調査及び実験を試みたものである。
第一にやったのは、その地における小学児童の体格検査であったが、その結果によると、やはりこの地においても営養不足のために、その授かりつつある教育の効果を充分に受け入るることあたわざる状態にある者が、決して少なからざることがわかった。(すなわちブラッドフォード公立小学校に通学せるすべての児童について体格検査を行ないたる後、博士クローレイはさらに二千人の児童について検査した結果、氏はそれより推算して、同市における小学児童約六万のうち少なくとも六千人だけの者は営養不足の状態にあって、いわゆる「食物の欠乏のため彼らに向かって授けらるる教育の効果を充分に受くることあたわざる状態」にあることを結論したのである。)そこで第二には、これらの児童に向かって、食物以外の生活状態は元のままにしておき、ただ食物だけ改良してやるということにして、それがはたしていかほどの効果のあるものかということを問題にしたのである。そうしてこの問題の解決のために一九〇七年中次のごとき実験を試みた。
すなわち明らかに営養不足の状態にある児童を四十人だけ選抜し、これに向かって食事の給与を始める前、まず五週間にわたりその体重を計って彼らの平均成長率を定めおき、しかるのち四月十七日より七月二十四日に至るまで約三個月にわたり、これら児童の生理的要求に応ずるよう慎重なる注意をもって献立されたる食事をば、毎日二回ずつ給与することとし(ただし毎日曜日にはこれを給せず、かつ五月十六日より同二十七日に至るまでの間は、一時これが給与を中止した)、かつその間一週間目ごとに彼らの体重と身長とを計り、またその他の様子をも記録して行ったのである。なお他方においては、これらの受験児童と同じ年齢で、同じ成育状態にあり、かつ同じ社会階級に属する児童六十九人を選抜し、これには食事を給与することなく、ただその身長と体重とをば同じように一週一回ずつ計り、その成績が食事の給与を受くる者とはたしていかほどの差異を呈すべきかを試験しようとしたのである。[#地から1字上げ](九月三十日)
三の七
英国ブラッドフォード市において貧民の児童に食事の給与を試験的にやってみたことは、私が前回に述べたところであるが、今その成績ははたしていかなりしやというに、当時の記録によれば、これらの児童は食事の給与を受くるに及び、にわかにその顔色が輝いて来て、その態度は快活になり、学業もこれに応じて進歩を示したということである。しかしこれらの事実はこれを数字に示すことあたわざれども、何人も争うことあたわざるは、彼らの体重が著しく増加したという点で、これを図に示さば次のごとくである。
左の図表中、黒の曲線は、受験児童四十名の体重増加率を示せるものにて、体重の単位は図に記入しおけるがごとくポンドである。また図表中、点線をもって表わせるは、食事の給与を受けざる児童六十九名の体重増加の平均率である。その直線となりおるは、各週別の変動を示さず、全期間の平均率を表わせるがためである。これだけの注意さえ加えおかば、この図表の意義は一見明瞭なりと信ずるがゆえに、その子細はこれを省略しおくべきが、要するに右実験の結果、多数貧民の児童は、食物さえ改良してやるならば、たといその他の生活状態は元のままに放任しおくも、肉体及び精神の発育上充分の効果をあげうるものなることが、明瞭に立証されたのである。
[#食事の給与と体重増加率の相関図(fig18353_06.png)入る]
[#ここか
前へ
次へ
全59ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
河上 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング